「Claude」ブランドで大規模言語モデル(LLM)やAIエージェントを提供する米Anthropic(アンソロピック)のソフトウェア開発基盤が、エンタープライズ企業やSIerに浸透している。進化を続けるLLM単体の性能だけでなく、AIエージェントが自律的に作業するための基盤までつくり込み、支持を得ている。6月10日開催のイベント「Code with Claude Tokyo 2026」を訪れると、AIにコードだけを書かせる段階を終え、開発タスク全体を委ねるという、AI駆動開発の今が見えてきた。
(取材・文/春菜孝明)
基盤の進化が作業範囲を拡大
Code with Claudeは開発者向けに米サンフランシスコ、英ロンドンで2026年5月に相次いで開催され、東京で3都市目となった。当日はアンソロピックのエグゼクティブによる製品紹介や、ユーザー企業の事例発表が行われた。
米Anthropic
ケイトリン・レス
Claude Platform エンジニアリング責任者
基調講演に登壇したケイトリン・レス・Claude Platformエンジニアリング責任者は、「AIモデルの能力は指数関数的なペースで向上しているが、多くのビジネスにおけるAIの活用能力は、依然として線形的な伸びにとどまっている」と指摘。AIの進化と現場への浸透の乖離に言及した上で、Claudeがそのギャップを埋めると語った。
最新モデルの「Claude Mythos 5」「Claude Fable 5」と並んで取り上げられたのが「Claude Platform」と「Claude Code」だ。高性能化するモデルを、企業の業務や開発プロセスにどう組み込むか示すものとして位置付けられた。
Claude PlatformはAIモデルやエージェントを活用し、既存のプロダクトや業務システムにAI機能を組み込むための開発基盤。モデルを呼び出すAPIの利用量は25年と比べて17倍に増えているという。
このうち中核となるのが「Claude Managed Agents」だ。特定のユースケースに合わせたエージェントを構築、運用する機能で、エージェントによるファイルの読み取りや、コマンドの実行、作業履歴を保持しながら長時間のタスクを進める仕組みを用意。実行環境としてアンソロピック管理のクラウドサンドボックスを利用できるほか、機密データや社内要件に応じて、一部の制御機能を除き自社インフラ上で動かす選択肢もある。
Anthropic Japan
菅野 信 Applied AI本部長
Managed Agentsは、こうしたエージェントを動かすための実行基盤とインフラをセットで提供するサービスだ。実行基盤は「ハーネス」と呼ばれ、エージェントの呼び出しやツールの実行・状態管理を担う。Anthropic Japanの菅野信・Applied AI本部長は週刊BCNの取材に対し、このハーネスを支える技術として、エージェントを外部データやシステムに安全に接続する「MCP(Model Context Protocol)」や、事前に定義された手順・処理を呼び出す「skills」を挙げ、アンソロピックが開発し、オープンにしてきたと紹介。「アンソロピックは自律的なソフトウェア開発を提唱したリーダーだと考えている。いかにプログラミングを自律的に走らせられるか、工夫してきた」と強調する。こうした基盤の進化は、開発者が実際にAIへ委ねる作業範囲の拡大に直結しているわけだ。
上流工程でもAIと対話
コーディングエージェントのClaude Codeもまた進化している。アンソロピックのキャット・ウー・Claude Codeプロダクト責任者は、1年前のClaude Codeの使い方として「タスクを任せても、その修正内容を一つずつ確認し、代わりにどうすべきかを詳細に指示するなど、単純なタスクであっても細部を(AIと)一緒に進めていた」と振り返った。ファイルの編集やコマンドの実行のたびに承認を与える必要があったのはその一例だ。
米Anthropic
キャット・ウー
Claude Code プロダクト責任者
だが現在は、多くのユーザーが「Auto mode」(3月に発表)を使って権限を委任しているという。Auto modeは、信頼できる開発エコシステムを事前に設定し、実行時にClaudeが操作の安全性を判断し、問題ないとみなした処理は承認を挟まず進められる。この機能により、Claude Codeが変更をテストし、レビュー可能なプルリクエストを作成した後、人が確認する流れに移っている。
これらが示すように、今回のイベントでは、開発者体験の改善とAIの自律性向上の方向性が両輪で示された。この両輪を担保するのはモデルの性能である。アンソロピックの一般提供モデルで最も高性能なFable 5は、数百万トークンに及ぶタスクでも指示内容を記憶し続け、数日間にわたり一貫性を保って動作するという。
さらに、モデルの自律性だけに頼らず、エージェントを長時間、並列実行する運用基盤も整えている。指定日時や特定事象の発生をトリガーにタスクを自動実行する「Routines」、複数のエージェントセッションを一覧にして、待機中・実行中・完了済みといった状態を表示する「Agent View」、大規模な移行を複数エージェントに分担させる「Dynamic Workflows」などがある。
講演会場の外には機能ごとのブースが設けられ、
参加者が熱心に説明を聞いていた
エージェントの自律性が増すと、人手をかけるべき領域は作業指示から、課題の見極めやゴールの設定へと移るが、その作業もAIとの対話を前提としている。開発の前段階となる課題設定の際、Claudeに悩みや方向性を投げかけると、AI側で不足している情報をユーザーに問い掛け、情報を補っていく。どのテストをパスすれば完了かという検証条件を示すと、Claude Codeが実装、テスト、修正のループを自律的に回せるようになる。
菅野本部長は「今まで以上に何をやりたいのか明確にする必要がある。『よく分からないけどAIを使おう』というのは、あまり良い使い方ではない」と指摘する。AIとの協働の出発点になる課題認識を明らかにすることで、「AIが味方になってくれる」と表現する。
SIerの現状は「カスタマーゼロ」
開発の垣根はさらに下がりそうだ。アンソロピックは6月23日、「Slack」にClaudeがメンバーとして常駐する「Claude Tag」を発表した。Claude TagがSlackチャンネルへのアクセス権を得ると、ほかのメンバーからの指示によって、連携済みの社内ツールやデータ、コードベースを活用してタスクを遂行する。菅野本部長は、チームのエンジニアにチャットする感覚で開発業務を任せることができると実感を込める。
国内で開発基盤の活用事例は、インターネット関連やデジタル事業をコアにするデジタルネイティブ企業が目立つ。内製機能を持つエンタープライズでも、専門チームを立ち上げて開発環境を整えている。SIerはエンドユーザーへの提供の前に「カスタマーゼロ」として使いこなし、スペシャリストになることに注力している段階だ。開発業務でClaude Codeや、生成AIを製品に組み込むAPI機能を利用するケースが増えている。また、脆弱性の特定やレガシーコードの解析もユースケースになっている。
今後、Claudeの自律性はさらに向上し、人の判断が介在する場面が少なくなるというのが、菅野本部長の見立てだ。さらに、開発部門だけでなく非エンジニアも、アイデアをもとにプロダクトをつくりやすくなる。この二つの方向性によって「ITのものづくりがどんどん楽になる世界が来るだろう」と展望した。
モデルの進化見越した設計を
指数関数的なAIの進化に追随するには、モデルの能力向上を見据え、ITアーキテクチャーやエージェントの実行基盤を設計するべきだ――。アンソロピックのダイアン・ペン・Research and Labsプロダクトマネジメント責任者は参加者に対し、こう指南した。
米Anthropic
ダイアン・ペン
Research and Labs プロダクトマネジメント責任者
例えば、現在のClaudeでは参照情報のコンテキストを必要としていても、将来のモデルはコードを読めば理解してくれる可能性がある。そこで、不要になったコンテキストを削除できる設定にしておくことで、処理量を少なくすることができる。ハーネスの各機能も同様に、入れ替えられる構造にすることが重要だという。菅野本部長は、「作業スピードやコスト面で効果が見込める」とする。
顧客のシステムにAIを組み込むSIerの開発業務でも、モデルの進化に合わせてコンテキストやハーネスを柔軟に運用できる構造にしておくことが、保守性やコスト効率を左右する可能性がある。