IoT向けの通信サービスとクラウド基盤を提供してきたソラコムが、それらにAIを融合させた「リアルワールドAIプラットフォーム」へ進化しようとしている。7月2日の記者会見で玉川憲社長CEOは、生成AI時代の企業競争力の源泉を「トークン資本」と定義し、「それを安全に蓄積する器をプラットフォームとして提供する」との方向性を示した。現場データとAIを自在につなぐ手段をそろえ、通信インフラの枠を超えた業務変革の支援に挑んでいる。
(取材・文/南雲亮平)
IoT基盤から社会インフラへ
2014年設立の同社は、IoT向けプラットフォームの提供を事業の中心としており、センサーやカメラなどのデバイスの販売や、社内外のデータを集約するための基盤、クラウド・AIとの連携にまで事業領域を広げている。26年7月時点で接続先は世界206の国と地域、581の通信キャリアに拡大し、回線数は900万以上、顧客企業数は4万を超えた。米調査会社Gartner(ガートナー)の評価レポート「Magic Quadrant」では、「マネージド・IoTコネクティビティサービス、ワールドワイド」分野におけるリーダーの1社に、KDDIと連名の「Soracom-KDDI」として選出されるなど、日本発のプラットフォームとして国際的な評価も高めている。
玉川 憲 社長CEO
日本事業を率いる齋藤洋徳・CEO of Japanは会見において、豊田自動織機の物流拠点におけるトラック入退場時刻管理、JR九州の鉄道車両の予防保全、米国で展開されているドローン監視サービスなどの事例を紹介。ソラコムの技術は単に人の仕事を置き換えるものではなく、人の可能性を広げ、社会インフラを支える存在になりつつあると強調した。
齋藤洋徳 CEO of Japan
競争力を生む「トークン資本」
生成AI時代の企業戦略について、玉川社長CEOは「AIの登場で、人がコードを書く時代は終わりを迎えつつある。一方で、誰もが同じ基盤モデルを使えば、企業は横並びになる」と指摘する。そこで競争力の源泉として提唱するのが、米Microsoft(マイクロソフト)のサティア・ナデラCEOが示した概念としても知られる「トークン資本」だ。これまで企業は、従業員の能力や知見といった「人的資本」で他社と競争してきたが、今後はトークン(生成AIの処理単位)消費をどのように自社の価値に変えていくかの戦略が求められるという考え方だ。
ナデラCEOの論によれば、人とAIが対話やフィードバックを重ねることで、AIには会社固有の知見が蓄積される。その蓄積が将来の競争優位性となる。人間の役割はAIの監督や例外対応に移っていくが、その人間側にも、AIの活用により判断の高速化や知見の蓄積という“複利”が生まれる。玉川社長CEOは、現場のフィジカルデータと社内のデジタルデータを扱う同社の役割を、「顧客がトークン資本を安全にためるための器を提供すること」と位置付けた。
ソラコム自身も25年7月から、生成AIの存在を前提とした組織変革を進めてきた。部署ごとではなく、事業ごとに少人数チームを組み、AIと人が協業する体制を構築。「最初はストレスを感じ、大変なことはあったが、経営陣がコミットしてサポートする」ことで、約1年でさまざまな業務タスクやプロセスをAIで自動化し、人間と協業する環境が整ったという。
社員のAI利用率は100%となり、ソースコードは生成AIが作成し、人は品質を管理する側に回った。AIと人の間で学習ループを回すことでAIの出力精度が向上し、プロダクトのAI化やAIベースの新規開発が進展。結果として人員を削減せずに生産性を高め、販管費率を6ポイント削減できたという。
AIエージェントがIoT導入に伴走
トークン資本の蓄積を直接支援するソリューションとして発表したのが、マネージドAIエージェントサービス「SORACOM Agent」だ。デバイス、通信、クラウド、AIなど幅広い専門知識が求められるIoT領域について、10年以上蓄積してきたナレッジをAIエージェントに注ぎ込んだ。玉川社長CEOは「専門知識を持つAIエージェントが、IoTのプランニングから実装、運用まで伴走する」と説明する。
例えば「輸送車両の移動情報を把握し、自動で管理して」と自然言語で指示すると、AIエージェントが自律的に複数のツールを使い回答を生成する。長期記憶を備えているのが特徴で、相談を重ねるほど知識を蓄積する。顧客ごとに隔離した環境で提供するため、セキュアな運用も可能だ。ソラコムのAPIやMCPサーバーと連携し、同社サービスやデバイスを制御できる。今後は、さらに多くのデバイスやサードパーティーツールとの連携を広げる考えだ。
専門知識を持たないユーザー企業でもIoT環境を構築しやすくなる一方で、SIを担うパートナーの役割は引き続き重要となる。AIが生成した内容の正確性やリスクは、専門知識を持つパートナーが判断する必要があるためだ。また、SIerがSORACOM Agentを活用すれば、商談の場でプロトタイプを作成し、方向性をすり合わせるなど、提案の具体化とスピード向上も期待できるという。
トークン資本の源泉となる現場データの収集には、安定したコネクティビティーが欠かせない。ソラコムは、グローバル展開するIoTデバイスの課題である各国のローミング規制や、将来的な通信規格の廃止に対応するため、プロファイル管理基盤「SORACOM Connectivity Hypervisor」の商用提供を開始した。1枚のSIM上で、ソラコムやパートナー通信事業者のプロファイルをリモートで管理し、切り替え操作や自動化を行えるサービスだ。
さらに、グローバルの通信事業者の業界団体であるGSM Associationが策定したIoT向けのリモートプロビジョニング規格「SGP.32」に対応するeSIMも、7月7日に商用提供を始めた。これは、eSIMを組み込んだ製品を出荷した後でも、遠隔操作によって通信プロファイルの追加や切り替えを可能とする仕組みで、IoT機器の用途や設置場所にあわせて通信事業者やサービスを柔軟に変更できる。これにより運用負荷を抑えつつ、10年以上にわたるデバイス運用の最適化と冗長化を実現する。
通信ブランド立ち上げ支援
トークン資本を支える現場データの流通には、IoTソリューションの目的に応じて通信サービスそのものを柔軟に設計できる環境も必要になる。そのために、ソラコムが自社で開発・運用してきたクラウドネイティブなモバイルコア技術を、国内外の通信事業者や新規参入企業にマネージドサービスとして提供する新事業も発表した。
従来は高価な専用機器やデータセンター(DC)への大規模投資が必要だったモバイル通信網の中枢機能を、クラウド上のソフトウェアとして再構築する。既存設備から置き換えることで、構築・運用コストの削減や、ソフトウェアの柔軟な更新が可能になる。複数のDCにまたがるかたちで通信網を構築すれば、障害時も自動復旧して動き続ける仕組みをつくることもできる。
回線管理とシームレスに連携する課金・請求システム「SORACOM ダウンストリーム課金プラットフォーム」と組み合わせれば、通信事業者やIoT製品を展開する企業は、月額・年額プランやそれに含まれるデータ通信量・帯域幅などを自由に設計し、エンドユーザーに提供できる。ソラコムの名前を出さないホワイトレーベル型の提供にも対応し、IoTソリューションベンダーが自社ブランドでの請求書発行やアカウント管理、高い階層での課金管理も可能だ。パートナーがエンタープライズMVNOなどを立ち上げるための基盤となる。
音声が広げるIoTの用途
今回の発表でIoTの新たな可能性を示したのが、音声接続サービス「SORACOM Air RTC Gateway」だ。現場業務のシステムにおいて、エレベーターの緊急通話ボタン、ナースコールなど、音声通話機能が必要とされる局面はまだまだ多い。一方で安川健太・CTOは、「そのためだけに音声付き回線を調達するのはコストに見合わない」と指摘する。
安川健太 CTO
同社が音声サービスを提供するのは、この問題を解決し音声通話実現のハードルを下げるのが目的。通信モジュールが標準搭載するVoLTE機能を活用するため、端末側に追加のファームウェアやアプリケーションを開発する必要がないのが特徴だ。SIMの情報で端末を確実に認証することで安全性を保ちながら、指定したVoIPサービスや内線のPBXへ音声をルーティングできる。現場からの音声発信にコールセンターのオペレーターが対応するだけでなく、ユーザーとAIエージェントが対話することも想定しており、デモでは作業員が現場のデバイスから音声でAIエージェントに問い合わせ、制御盤の点検手順を確認する様子が公開された。
ソラコムは26年を、人とモノとAIをつなぐプラットフォームへ進化する年と位置付け、パートナー各社と連携して社会の革新を加速させる構えだ。
エージェントが実装を加速する フィジカルAIへの展望
会見ではフィジカルAIに関しても言及された。社内外のデジタルデータをつなぐAIチャットボット「Wisora」とSORACOM Agentを連携させる構想だ。Wisoraを通してデータを取得し、結果を基に別のモノを動かすといった処理が可能になるという。
ロボットの存在を確認するよう指示されたエージェントは、
カメラの画角を自ら動かして探索と撮影を行う
実装の一例として「オフィス内にロボットがいるか確かめて、いたら写真を送って」と指示すると、カメラの画角が動いて室内を探索し、ロボットを発見次第、撮影して画像を送る様子を紹介した。今後は、パートナーと開発に取り組みながら、リアルワールドAIプラットフォームとしての実装事例を積み上げていく方針だ。