AI実装の需要を追い風に、FDE(Forward Deployed Engineer)と呼ぶ職種が注目を集めている。顧客企業に入り込み、課題を見つけ、解決まで伴走するエンジニアだという。AIベンダーを中心に採用されているが、最近ではSIerでも取り入れる動きがある。「客先常駐」は国内SIerの基本的なビジネススタイルであったが、FDEは何が違うのか。SIerにとって、FDEの取り組みはどのような意義があるのか。富士通とNTTデータの実践から読み解く。
(取材・文/山本浩資)
FDEの取り組みは、一説には米Palantir Technologies(パランティア・テクノロジーズ)が広めたとされる。Forward Deployedを直訳すると「前方展開」となり、もともとは部隊を最前線に配置することを指す軍事用語とも言われている。つまり、顧客の現場に配備された即応部隊というわけだ。
生成AIの普及で、こうした現場実装型の支援が広がっている。2026年に入り、米OpenAI(オープンエーアイ)は、FDEを顧客企業に送り込む新会社を設立。米Amazon Web Services(アマゾン・ウェブ・サービス、AWS)や米Microsoft(マイクロソフト)も、FDEを活用した企業のAI導入支援を強化している。
AIモデルを提供するだけでは企業の成果につながらないという課題があり、企業固有のデータや業務を理解し、AIを実際の仕事に組み込む役割が必要になったことが背景にある。ソフトウェアベンダーだけでなく、SIerにおいても顧客のSIをより円滑に進めるために、FDEの仕組みを取り入れる企業が増えている。FDEはソフトウェアエンジニアとして実装をサポートするだけでなく、導入までの上流工程もデザインするコンサルタントとしての性格を持つ。
客先常駐とは異なる「哲学」
「みんなが都合よく、『FDE』と言っている感じもある」
そう話すのは、富士通の土井悠哉・FDE事業部長。「SaaSを導入するだけや、顧客先に半常駐するだけで『FDE』と呼んでいるケースもあるようで、少し困っている。そもそも哲学が違う」と苦笑する。
富士通
土井悠哉 事業部長
その哲学とは、顧客から要件を受け取ってシステムを開発するのではなく、事業側と対話しながら課題そのものを定義し、「リアルユーザー、リアルプロブレム、リアルデータ」を基に解決策を実装していく考え方を指す。
富士通はどのようにして、FDEの哲学を浸透させたのか。FDE事業部自体は26年4月に発足したが、FDEの取り組みは6年前にさかのぼる。
富士通は20年のパランティアとの協業をきっかけに、パランティアが培ってきたFDEの考え方を取り入れながら自社での実装を重ねてきた。データ統合管理基盤「Palantir Foundry」に加え、25年からは生成AI実装基盤「Palantir AIP」の提供も開始。データ統合からアプリ開発、AI活用までを一つの基盤で扱える点を土井事業部長は「すし屋の一枚板のカウンターのよう」と、ソリューションの強みを表現する。
ただ、そこに至るまでの道のりは長かった。「FDEの哲学が染み込まない限り、お客様向けに売らせない、というのがパランティアの方針だった」と土井事業部長。すぐには顧客への展開ができず、1年間、富士通社内の業務で実践を重ねた。
例えば、保守部品管理業務では、100を超えるシステムに分散したデータを統合し、在庫不足アラートや需要予測など約30種類の業務アプリを開発。過剰発注を抑え、年間約5億円のコスト削減につなげたという。
「富士通の顧客リレーションは、ほぼIT部門だった」。土井事業部長は、従来の受託開発をそう振り返る。顧客側のIT部門と富士通。ITの専門家同士が仕様を固め、その通りにシステムをつくる。「専門家が作成した仕様書を、専門家が仕様書通りにつくる。いざ仕様書通り、設計通りできたとしても、実際に使う現場で事業をやっている人が『あれ?』となることもあったのではないか」と話す。
これに対し、FDEでは向き合う相手が変わる。土井事業部長自身、顧客企業では役員クラスと話すことが多いという。「全体最適で見るには、役員レベルになる。そこまで行かないと、いいテーマは出てこない。そして、事業側の人たちが実現したいことのために一気にやる」
土井事業部長は「システムを入れること」が目的ではなく、実際に使う人と向き合い、現実の課題を探し、生のデータを使うことがFDEの重点だと指摘する。一口に「このグラフが見たい」と言われても、そのままつくるわけではない。「これを見たらその後あなたは何するのか」「それをやったらどういう効果が出るのか」。問いを重ね、経営や事業に価値をもたらすテーマまで掘り下げる。
社内実践で培ったFDEの手法は外部にも広げている。トラスコ中山では人事異動案作成の工数を約98%削減。社会医療法人の玄州会では病院経営ソリューションを約3カ月で開発し、年間約10%の収入増を見込む。24年1月1日の能登半島地震では、サプライチェーンのデータを統合していた顧客企業向けに影響範囲を分析するアプリを翌1月2日に提供した。
事例を見ると、分散したデータを統合し、意思決定を支援する点が特徴で、スピード感もある。そして、土井事業部長は「全然常駐しない」と話す。顧客先に張り付くのではなく、必要な場面で現場や経営層と対話しながら短いサイクルで解決策を提示することを重視する。
FDEとして問われるのは、短期間で業務を吸収し、課題を見極め、解決策をかたちにする力。土井事業部長は「いかなる業種、いかなる業務、いかなる課題も解決できる。それも大規模にできることが条件だと思う」と強調する。
「隣に座る」エンジニア
NTTデータの「DataEnablement Suite」は、FDEによる課題発見から実装、定着までを一気通貫で支援するサービスだ。この事業に関わるデータドリブン統括部の田川怜央・課長代理は、これまでの仕事の進め方との違いをこう説明する。
「お客様が『これを入れたい』と言って、それをやればお金をいただけたのが今までのSI。システムの導入がゴールになりがちだった」。そして、主な相手は顧客先の情報システム部門だったとし「情報システム部は、お客様の中でいうと現場ではない。現場の課題には届かなくても、なんとなくシステムを入れて満足してしまうところもあった」と振り返る。
FDEはその先へ行く。「根っこは現場に行くというところが大きく違う。課題を言われて受け取るのではなく、課題を探しに行く」
そう話す田川課長代理は、従来との違いを机の座り方に例える。「今まではお客様と机を挟んで話す感じだった。FDEは、机を隣に並べて一緒に仕事をする感覚」。発注者と受注者として向かい合うのではなく、同じ側に座るというわけだ。
NTTデータ
田川怜央 課長代理
ただし、「隣に座る」といっても、やはり顧客先に常駐しているわけではない。田川課長代理も、現地での議論とリモートでの支援を組み合わせながら顧客と向き合っている。常駐SEとの違いを「能動性と越境」と表現し、要件定義通りに進めるのではなく、自ら課題を探し、システムの枠を超えて業務改善まで踏み込む部分にあるとする。
田川課長代理がFDEとして入る地方の電力会社では、課題の整理から始めた。「課題があまりにも多すぎて、もう動けない」という相談を受け、複数部署へヒアリングすると約130の課題が浮かび上がった。「ステークホルダー間で、まず同じ絵を見て会話できるように整理する」。複雑に絡み合った課題を整理した上で、システムで解くべき課題なのか、業務を変えるべきなのかを見極め、優先順位を付けて実装につなげる。
田川課長代理は「システムの導入だけではなく、定着までちゃんと寄り添い続けられるのかが重要」と話す。課題の発見から実装、活用、定着、成果の創出まで顧客と並走する。近年のSIerが求められている「伴走者」としての姿が、FDEにも当てはまる。
人月ではなくサービスに対価
両社に共通するのは、AIによってFDEの仕事が一気に加速したという認識だ。富士通の土井事業部長は「設計や開発で意外と重たかったエンジニアリングを生成AIで代替できるようになった」と話す。移動中にスマートフォンから指示してアプリケーションをつくることもあるという。
NTTデータの田川課長代理も「AIが横にいてくれるから、比較的人間も立ち上がりやすい。AIがあるからこそFDEは成立していると思う」と語る。FDEは幅広い能力が求められるが、AIを活用することで、短期間で業務知識を吸収し、課題解決に集中しやすくなった。
FDEは、SIerの稼ぎ方にも変化をもたらしている。富士通の土井事業部長は「人月ビジネスではない」と明言する。代表的なのは、3~5人程度のFDEが一つのユースケースに取り組む固定価格型だ。明細は示さず、「そのテーマに対して2カ月でその金額なら価値がある」と顧客が判断すれば交渉が成立する。
NTTデータの田川課長代理も「人月でいくらではなく、サービスとして提供するのがいくら、というサービスパッケージ」と説明する。顧客の課題や、解決した際に得られる成果を聞いた上で価格を決めるという。
言われたものをつくるだけでなく、課題を見つけ、解決策を提供する。FDEは新しい職種だが、現代SIerに求められる役割を体現した存在と言えそうだ。