クラウドに対する関心は高まっている
──2010年、とくに力を入れる、攻勢に出る分野を一つ挙げるとすれば、何になりますか。
小出 ユーザーさんだけでなく、SIerやデータセンター(DC)事業者などのITベンダーも、クラウドには非常に敏感です。必ず浸透するとみなさん感じており、そこに対する投資は、たとえ厳しいなかでも継続する意気込みを感じます。
この前、あるお客さんと「クラウドって二つの意味がありますよね」って話していたんです。「CLOUD(雲)」と、群衆を意味する「CROWD」。ネット越しにITリソースを使うという新形態を意味しながら、一方で、クラウドコンピューティングという流行に群がる人々も指している、と。クラウドに対し、少し冷やかにみていた人も少なからずいたと思います。
ただ、その状況はこの1年でだいぶ変わりました。ITベンダーはユーザーさんのクラウドに対する関心の高さを肌で感じ、クラウドビジネスの立ち上げに向けて具体的な作戦を考え、行動し始めています。これは、間違いなくチャンスです。
──クラウドは、同じような製品ポートフォリオをもつ競合ベンダーも力を入れています。差異化のポイントはどこにあり、日本HPの優位性は何か。改めて教えてください。
小出 まず重要なのが、日本HP、米HPがクラウドを理解していることを証明できる点です。米HPはグローバルでデータセンターの統合を進め、インターナルなクラウドを構築し使いこなしています。そこで学んだテクノロジーやメソトロジーがあり、発生した問題点の解決方法も熟知しています。そのうえで、製品やサービスをラインアップしている点は、他社にはない大きな強みでしょう。
製品でいえば、仮想化、自動化のテクノロジーをブレードに格納してワンソリューションで提供できる「HP BladeSystem Matrix」などがありますが、日本HPの差異化要素はやはり、09年12月に発表した次世代ITインフラ戦略「HP Converged Infrastructure」です。これは確実にクラウド時代を意識した戦略で、会社全体のポートフォリオをすべてクラウドにもっていこうという意志の現れなんです。
──クラウドが浸透するには、かなり長い時間が必要との指摘もありますが、それについては? 実際、SaaSはITベンダーの思惑とは別に普及速度が遅いです。
小出 たぶんテクノロジーというよりも意識の問題だと思うんですね。クラウドというのは標準化、共通化の象徴で、ユーザーさんも経営戦略のなかで意識改革を進める必要が出てくるとみています。
日本は、他国に比べてカスタムメイドを好み、業務に適したシステムを個別に作り込んできた歴史があります。クラウドはそうしたものとは性質が違います。情報システムによっては、クラウドで使うほうがコストパフォーマンスが高く、それで満足できるものも十分あると思うんです。個別システムで利用するものとクラウドで使うものを使い分ける意識が求められるわけです。その意識を、ITベンダーとユーザーさんがどこまで高められるかが普及のカギです。
──お話を聞いたなかで、2010年はかなり前向き、09年よりも良い年になりそうですね。
小出 そうしたいですね。いや、なると思います。
ただ、向こう3年から5年ぐらいをみた場合、ITマーケットはよくてフラットぐらいではないかという予測もしています。となれば、これまでの製品やサービス、戦略では成長できないという危機感もあります。クラウドはもちろん、グリーンITなどで新たなディマンドクリエーションをしていく必要性があるでしょう。そのためにも2010年は09年に構造改革で築いた強力な事業基盤をもとに、新たな製品・サービスをどんどん投入して、攻めていきますよ。
眼光紙背 ~取材を終えて~
ちょうど1年ぶりのインタビューだった。本文で触れたとおり、トップに就いておよそ2年をかけて進めてきた構造改革にはかなりの手応えを感じている様子。不況下でも回復基調に入ったという感触をもっており、暗い話は一切なし。終始前向きな姿勢が印象的な取材だった。
記者は09年末、3週間で20社ほどのIT企業トップにインタビューしたが、そのなかでも最も活力に満ちた社長だったように思う。
あまり多くを語らない小出さんだが、自然と言葉が弾んだ話題は、やはりクラウドだった。 クラウドは「空中戦から地上戦に入った」。雲を掴むようなおぼろげな話ではなく、実ビジネスにつながるキーワードになったと、小出社長は今、実感している。(鈎)
プロフィール
小出 伸一
(こいで しんいち)1958年10月1日、福島県生まれ。81年3月、青山学院大学経済学部経済学科卒業。同年4月、日本IBM入社。94年、金融機関第二営業本部・第一営業部長。98年、社長補佐。99年2月、米IBM出向。コーポレートストラテジーを担当。同年12月、経営企画・社長室担当。01年、理事・システム製品事業担当。02年、取締役-ITS・アウトソーシング事業担当。03年、取締役-金融システム事業部長。05年、日本テレコム(現・ソフトバンクテレコム)に移籍。常務執行役営業統括オペレーション担当。05年、常務執行役営業統括担当。06年6月、取締役副社長営業統括。同年10月、代表取締役副社長COO。07年12月1日、日本ヒューレット・パッカード(日本HP)に移り、代表取締役社長執行役員に就任。