双方が意識を変えるべき
――素朴な疑問なのですが、中国のSIerがメキメキと実力を伸ばしている状況にあって、日本のSIerと組むメリットがあるのでしょうか。
曲 一つ例を挙げましょうか。世界の情報サービス市場の売上高シェアをみると、富士通やNTTデータ、日立製作所、NECなどが上位に名前を連ねていますよね。ひるがえって中国の情報サービス市場をみれば、外資系では、銀行系に強いIBMや、テレコムを得意とするヒューレット・パッカード、SIerではアクセンチュアなどが上位を占めます。デルを含めた外資系ベンダーのシェアの合計は約20%です。中国情報サービス市場は外資系に広く門戸を開いているにもかかわらず、残念ながら日系ベンダーはまとまったシェアを獲れていません。すなわち、日系ベンダーの実力が十分に生かされていないということです。
――BASSのメンバーと組むことで、中国でシェアが獲れるということですか。
曲 少なくともその手がかりは掴めるはずです。マクロ視点でみると、これまで中国の投資は高速道路や新幹線、港湾などインフラ系が中心でした。ITでも、金融システムやテレコムなどの構成比が大きく、この分野で日系ベンダーがチャンスを掴み切れていなかった。ただ、これからのIT投資は若干様相が変わってくると思われます。中国は社会保障や医療、教育など、まだ足りないものが数多くありますし、サービス業全般も大幅に拡大するでしょう。こうしたIT投資が増える分野でチャンスを手にするためにも、両国の人材や技術の補完関係をつくることがとても重要だと考えています。
――どのような補完関係をイメージしていますか。
曲 欧米ITベンダーに比べて、日系ベンダーは中国で十分なシェアを確保できていない現実がある以上、何か別のアプローチを考えなければなりません。先日、ある日系ベンダーのトップと話す機会があったのですが、そのとき「当社のことをよく知っているパートナーとより一層、密に組んでいきたい」と話していました。私は、「いや、むしろあなたの会社のことよりも、中国の顧客や市場にしっかり食い込んでいる中国ベンダーとパートナーシップを強めるべきでは」と提案しました。
これだけ市場環境が変化しているにもかかわらず、日系ベンダーのトップは、依然としてオフショア開発全盛時代の考え方を引きずっているフシがあります。オフショア開発時代は日系ベンダーが顧客でしたが、中国市場をともに開拓しようとすれば、顧客はあくまでも中国のユーザー企業です。
中国のビジネスパートナーが日系ベンダーの強みや特性を知っていることは重要ではありますが、中国のユーザー企業を熟知しているほうが、ビジネスで成功する可能性がより高くなる。もちろん、これまで日本からのオフショア開発を手がけてきた中国SIerも意識や行動を変えていく必要があります。
――日中の相互補完型のビジネスでは、どの領域が伸びそうですか。
曲 いうまでもなく、日本の社会保障や少子高齢化への対応、世界最長寿を支える医療、きめ細かなサービス業を支える情報システムの優位性は突出しています。中国に足りないものが日本にはあるわけで、この部分を生かし、なおかつ現地の顧客を熟知する当協会の会員企業を含む中国の有力SIerとの新たな補完関係を創出していくことが、中国市場における日系ベンダーのシェア拡大への近道ではないでしょうか。
・こだわりの鞄 「a.jesdani(爵士丹尼)」の鞄。北京の有名百貨店・燕莎友誼商城で購入し、ここ3年ほど愛用している。「妻といっしょに買いに行った思い出の品。出張などでノートパソコンを持ち運ぶのにも便利」と、実用面でも申し分ないと満足げ。ちなみに財布もセットで買ったとのことだ。
眼光紙背 ~取材を終えて~
中国情報サービス市場の急速な拡大は、同国のサービスビジネス全体に向けた需要拡大と無関係ではない。曲玲年理事長は「中国のサービス業は向こう20年の間に米国を抜く勢いで拡大する」と推測。人口比で類推すれば、将来は日本の10倍のサービス市場が誕生することになる。
「日本のきめ細かなサービスには定評があり、中国がまだ足りていないものを数多くもっている」。例えば、中国にも近い将来訪れる少子高齢化。曲理事長は「中国が今後の重要課題の一つとして挙げる社会保障は、日本の取り組みが参考になる」とみる。こうした日本の強みを生かせば、最終的に中国市場で10%のシェア、つまりは日本1か国分の情報サービス市場を丸ごと手にすることも夢物語ではない。
日本の情報サービス業が、この先、「中国で生き生きとビジネスを伸ばし、輝いている姿を見てみたい」と、ビジネスパートナーであるBASS会員企業との相互補完の関係強化を訴える。(寶)
プロフィール
曲 玲年
(LINGNIAN QU)1955年、中国山東省煙台市生まれ。81年、天津大学電子工程学院卒業。84年、天津電子計算機廠副工場長。88年、天津中環電子計算機副総経理。90年、IBM天津合資会社副総経理。96年、NEC総合管理部長。01年、北京軟件産業促進中心副主任。08年、北京アウトソーシングサービス企業協会理事長に就任。ほかに中国商務部国際投資促進会高級顧問、成都市長顧問、天津経済開発区産業顧問、杭州市長顧問などを兼務。
会社紹介
北京アウトソーシングサービス企業協会(BASS、北京服務外包企業協会)は、首都北京に事業所をもつ約150社のSIerなどから構成される業界団体。日欧米からオフショアソフト開発案件をはじめとするアウトソーシングサービスを手がけるSIerが主に参加する。中国の海外向けアウトソーシングサービスの約6割を日本が占める。