電子機器の付加価値を高める源泉である組み込みソフトだが、ここ数年、伸び悩み感が否めない。スマートデバイスからスマートコミュニティに至るまで、あらゆるカテゴリでスマート化が進むなか、そのソフトウェア部分の中核を担う組み込みソフトの競争力はそのまま産業全体の競争力を大きく左右する。今年6月に就任した組込みシステム技術協会(JASA)の簗田稔会長(コア社長)に話を聞いた。
受託ソフト開発に限界
――日本の組み込みソフトの行く先に視界が開けていないという話をよく耳にします。電子機器の付加価値を高めるのに欠かせないといわれる組み込みソフトですが、業界に何が起こっているのですか。
簗田 電子機器メーカーが開発費を削減しているのが最大の理由です。かつては携帯電話とカーナビなどの車載機器、情報家電は“三種の神器”と呼ばれて、組み込みソフトの開発費を押し上げました。2007年頃は国内で年間4兆2000億円規模の組み込みソフト開発費が投入され、組み込みソフトの存在感の大きさが業界内外に広く認知されることにつながった。ところが、リーマン・ショック以降は開発費が大幅に抑制され、今の組み込みソフトの閉塞感につながっています。
――組み込みソフト復活に向けた手立ては、どこにあるとみておられますか。
簗田 組み込みソフトの発注元であるメーカーにとって、開発費はコストそのものです。熾烈な競争環境にあるメーカーが、原価アップにつながる開発費をおいそれとは増やせない。現在の組み込みソフトの構造的な問題でもあります。
この点、販売管理や生産管理、データセンター(DC)を活用したクラウド/SaaSといった一般的な情報サービス商材は、自ら市場を開拓できる余地が大きい。組み込みソフトもパッケージ化やメニュー化して、世界に向けて売り出すことで勝ち残る選択肢はあります。
有力な組み込みソフトベンダーは、すでにEWS(組み込みウェブサービス)技術を使った組み込み機器向けクラウドサービスや、人型ロボット制御(RT)の製品化に取り組んでいます。これなら国内だけでなく、海外市場に向けて積極的な拡販に打って出られる。メーカーからの発注を待つだけの受託ソフト開発では、どうしても限界がある。とはいえ、今すぐ、すべての会社が独自商材で世界で戦えるかといえば、残念ながら難しいかもしれません。
――iPhoneやiPadに代表されるスマートデバイスの台頭によって、日本の電子機器製品は曲がり角に立っているように思います。次の時代の“三種の神器”に代わるものは何だとお考えですか。
簗田 スマートコミュニティやスマートヘルスケア、RT、高度交通システム(ITS)、スマートアグリシステム(IT活用型農業)などの分野が有望でしょう。教科書的といわれるかもしれませんが、この分野の成長は間違いないと思っています。反面、われわれ組み込みソフト業にとってみれば、これらをどうやって自らのビジネスにつなげていくかが課題です。
一つ確かなのは、かつてのように何百、何千人月も投入して大規模な組み込みソフト開発を行うケースは、おそらくそう多くはないということです。例えば、かつての携帯電話はOSから開発していましたから、新機種の開発費は膨大なものになった。それがスマートフォンが主流になりつつある今、OSはAndroidやiOSといった既製品ですので、この部分だけみても開発費は減っていることになります。つまり、人をたくさん集めて大規模な開発を行うスタイルではなく、ほんとうに付加価値が高い部分だけを、高品質でつくるスタイルに変えていかないと勝ち残れない。
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