絞り込んだ末にインドネシアへ進出
──なぜインドネシアが最初の地なのでしょうか。日本的なコンテンツが受け入れられる土壌はアジア地域であることは理解できるのですが、中国や韓国、台湾という選択肢もあります。 津田 中国はコンテンツや通信に関する規制が多く、韓国や台湾、香港、シンガポールなどについては、それこそアニメやゲーム、コミックといった大手コンテンツホルダー自らが本気で進出しています。さらに、フィリピンなどの準英語圏は、強大なライバルであるアメリカの影響がとても強い。
日本のコンテンツホルダーによって進出がすでに本格化している市場ではなく、さらには英語圏でもなく、まとまった市場があると絞り込んでいくと、およそ2億3000万人の人口を抱えるインドネシアになったわけです。もちろんインドネシアだけに限るのではなく、こうした基準で他のASEAN諸国にも進出していくつもりです。まずは日本のコンテンツホルダーの露払い役として、新しい市場を開拓します。
11月には、先ほどの「Star Reader」とは別のコンテンツホルダーが制作したAndroid携帯電話用着信音アプリ「Nada Dering(ナダ・ドゥリン)」を、同じくインドネシア市場向けに商品化しています。Google Playからダウンロードするときに100円相当の料金をいただき、その後、自由にさまざまな着信音を使ってもらうというものです。
──経済産業省が提唱する「クール・ジャパン戦略」の資料によれば、日本のアニメやゲーム、コミックなどの海外輸出比率は5%で、成長するアジア市場の需要を十分に取り込めていないと分析しています。米国の17.8%に比べても低い値ですね。 津田 要因はいろいろあろうかと思いますが、米国とのいちばんの違いは“ローカライズ”にあるとみています。ここでいうローカライズとは、単なる翻訳ではなく、コンテンツそのものを地場の文化に受け入れられるようつくり変えることです。
台湾や香港などは、もともと文化的コンテクスト(価値観や嗜好性など)を共有している部分が大きいので、とくにローカライズしなくても、言語的な翻訳でも通じた可能性はあります。ただ、地理的にもう少し遠くなると、ローカライズはぐんと難しくなります。バービー人形にしても、ミッキーマウスにしても、紆余曲折を経て、ちゃんと日本で受け入れられるようローカライズした結果として、今があるわけです。当社が扱うデジタルコンテンツとは単純な比較はできないかもしれませんが、私どもの最も大きな付加価値はこのローカライズにあると捉えています。硬直したプロダクトアウト的な発想では、まず通用しません。
「ローカライズ」こそが当社の価値
──つまり、コンテンツホルダーと共同してターゲットとする市場向けにローカライズすることが御社の付加価値の源泉になる、と。 津田 コンテンツホルダーの方々には、むしろ「海外を意識してもらわなくても大丈夫」と申し上げているほどです。資本力があるメジャーなコンテンツホルダーは、自分たちである程度の海外進出は可能だと思います。しかし、そうでない大半のコンテンツホルダーは、海外向けを手がける余力は限られている。であるなら、当社に海外関連のことをすべてお任せいただき、収益を分配しましょうという提案です。
もちろん、いい話ばかりではなく、不正コピーなどのリスクはありますし、ローカライズする過程で著作権がらみの問題が発生しないとも限りません。どれだけのリスクを背負うかはケース・バイ・ケースですが、先の占いアプリ「Star Reader」や着信音アプリ「Nada Dering」については、すでに国内で一定の成功を収めたコンテンツなので、万が一、インドネシアでうまくいかなかったとしても、リスクは限られているはずです。勝ちパターンがある程度みえてくるまでは、基本的に日本で採算ラインに達していて、エンタテインメント性が高いものを優先したいと考えています。
──物価の違いもあって、コンテンツの単価はかなり低めになりそうですが、当面はどのくらいの売上規模を目指しておられますか。 津田 まずは、今後3年で年商5億円を目指します。日本では1999年にNTTドコモの「iモード」が登場し、乗り換え案内や携帯向けネットバンキング、着メロなどの有料サービスが一般化しました。日本でデジタルコンテンツやサービスに対価を支払うという土台が、このときにできあがったといえます。一方、海外市場の値頃感はどのくらいで、有料コンテンツの市場形成にどの程度貢献できるかという点が課題になってくると思います。
日本で一度消費されたコンテンツをローカライズすることで、ユーザーが比較的求めやすい価格を設定できる可能性もありますし、むしろ日本と同じ価格でも通用する分野もあるはずです。幸い、日本には売れる可能性が高いコンテンツが数多くあります。ニフティクラウドのインフラも活用しながら、海外での日本のデジタルコンテンツ産業の振興にひと役買いたいと思っています。
・FAVORITE TOOL「ROMEO」のボールペン。「創業メンバーから贈ってもらった記念品で、とても気に入っている」とのこと。グロザスを設立したその日の夜、皆で夕食をともにしているときに贈呈された。会社設立に向けて力を合わせて仕事をしてきた仲間の「グロザスに対する熱い思いが込められている品だけに手放せない」という。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「ASEANには会社設立の準備期間も含めて10回近く足を運んだ」という津田正利社長。富士通で駆け出しのシステムエンジニアだったとき、シンガポールやマレーシアで仕事をした経験があるものの、その後は足が遠のいていた。今回はおよそ20年ぶりで、「あまりの経済発展ぶりに目をみはった」そうだ。
からだを慣らすために、「1回出張するごとに、最低1週間は現地に滞在するようにしている」というように、地に足をつけて地場の市場をじっくり観察することに努めている。
ある日、ジャカルタの街角で、若い子たちが日本円で300円相当の高級アイスクリームをほおばっていた光景を目にした。「貨幣価値の違いを勘案すれば、日本の感覚だったら軽く1000円は超える高級品なのに……」と、価値観や金銭感覚が国や時代によって大きく変化していることを改めて感じた。「デジタルコンテンツも、単に日本で売れているからという発想ではなく、地場に根ざしたローカライズに励むことで商機を掴みたい」と意気込む。(寶)
プロフィール
津田 正利
津田 正利(つだ まさとし)
1957年、石川県生まれ。80年、大阪工業大学工学部卒業。83年、米オハイオ大学大学院産業システム工学修士課程修了。同年、富士通入社。88年、シンガポールに駐在。富士通グローバルマーケティング本部を経て広報室に異動。03年、ニフティ広報室長。06年、Webサービス事業を担当。07年、執行役員。09年、取締役。12年5月にグロザスを設立し、代表取締役社長に就任。
会社紹介
グロザスは官民ファンドの産業革新機構と富士通グループのニフティの合弁会社で、設立は2012年5月10日。資本金は準備金も含めて約9億9000万円で、産業革新機構が60%、ニフティが40%を出資した。日本のデジタルコンテンツを広く海外へ展開していくことを狙いとしており、3年後に年商5億円を目指す。