大手インターネットサービスプロバイダ(ISP)のクラウドサービスが存在感を増している。ニフティのクラウドサービス関連事業の売り上げは年率2倍余りの勢いで伸びており、NECビッグローブのクラウドサービスのユーザー数も直近半年で2倍に伸びた。プロバイダはもともとデータセンター(DC)設備や認証、課金といった商用ネットサービスの基本的な仕組みをもっていることが有利に働く一方で、これまで彼らの主力だったインターネット接続サービスが伸び悩んでおり、次の収益の柱としてクラウドサービス事業へ突き進もうとしている切迫した事情も抱えている。(安藤章司)
メーカー系プロバイダ大手のニフティが運営する「ニフティクラウド」のユーザー数はおよそ1200社、ライバルのNECビッグローブが運営する「BIGLOBEクラウドホスティング」は、この半年で2倍余りの600社を超えるまで拡大。プロバイダとして培ってきたDC設備や認証、課金といった基本インフラを応用し、パブリッククラウドサービスを手頃な価格帯で提供していることがユーザーに支持されている。ニフティは、本来はライバルであるソネットエンタテインメント(So-net)にも「ニフティクラウド」の一部をOEM提供している。
プロバイダがこぞってクラウド事業に乗り出す背景には、これまで収益の柱だったインターネット接続事業が伸び悩んでいるという事情がある。国内市場の成熟とコンシューマの多くがスマートフォンに代表されるモバイル系スマートデバイスへと比重を移しつつあり、旧来の固定回線系の接続サービスは今後大きく伸びるとは考えにくい。ニフティの三竹兼司社長が「クラウドサービス事業を次の収益の柱の一つに育てる」と表明する背後には、後戻りできない切迫した事情があることがうかがい知れる。それだけに、主要プロバイダ各社はクラウド事業に並々ならぬ真剣さで取り組んでいるのだ。
だが、行く手にはメガクラウドベンダーのAmazon Web Services(AWS)やWindows Azureが控え、DC運営専業のホスティング/ハウジング系事業者や、DC運営を手がける大手SIerとも一部競合する可能性がある。少なくとも、圧倒的な規模で勝るAWSやAzureなどのグローバルベンダーと正面から衝突するのは避けなければならない。
そこでプロバイダが打ち出す戦略は、SIerやDC事業者との“エコシステム”の形成である。「ニフティクラウド」は、So-netだけでなく、関西電力グループのケイ・オプティコムや富士通マーケティング(FJM)が8月からサービスを始めたクラウド基盤サービス「AZCLOUD IaaS」にOEM提供しているほか、「ニフティクラウド」の販売などを担うビジネスパートナーを約120社に増やしてきた。NECビッグローブもNECネクサソリューションズなどのビジネスパートナーが「今期(2013年3月期)中にはグループ内外で30社余りに増える見通し」(関根良知・ネットサービス事業部マネージャー)という。プロバイダは原則として顧客のサーバーをDC内に持ち込むハウジングは手がけていないので、ハウジング形態が多いプライベートクラウド領域でDC専業ベンダーとの協業も見込んでいる。
ニフティクラウドのサービスプラットフォームの概要

ポイントは、自社のクラウド上にどれだけのアプリケーションやサービスを集められるかだ。主な顧客ターゲットとなる中堅・中小企業や大手企業の部門ユーザーの多くが必要とする情報共有やネット通販などのアプリやサービスを一通り揃えることで、グローバルクラウドベンダーとの差異化を図る。ニフティの蔵原寛・クラウド事業部長は、「SIerやISVなどの商材をマッチングするマーケットプレイスの役割も果たしていきたい」と、事業領域の拡大に意欲を示す。こうしたエコシステムを本格的に立ち上げていくことで、プロバイダはクラウドサービスの主要プレーヤーとしてのポジションを獲得できる可能性が高い。
表層深層
「ニフティクラウド」関連事業の今年度(2013年3月期)売上高は、前年度比2倍余りの27億円と、昨年度と同等の高い伸びを見込んでいる。マーケットプレイスとしての役割も拡大しており、例えば、ニフティグループのコマースリンクが手がける商品情報登録代行サービス「DFO」を、早ければ年内にもニフティクラウド上のアプリケーションサービスの一つとして稼働させる準備を進める。並行して、同じくニフティクラウド上で超高速・多店舗対応のネット通販向け在庫管理サービスを手がけるISVのハングリードとの「連携の可能性についても検討している」(コマースリンクの春木博社長)と、水面下でのビジネスマッチングが着々と進行中だ。
ニフティの蔵原寛・クラウド事業部長は「お互いに顔が見える者同士のほうが商談を進めやすい」とSIerやISVとの親近感をアピールする。今年9月までをめどに西日本地区のDCでもニフティクラウドの稼働を開始する準備を進めており、「東日本」と「西日本」のDCを任意で選べるようにする。「西日本のビジネスパートナーや顧客との距離も縮めていく」(蔵原事業部長)方針だ。グローバル展開では官民ファンドの産業革新機構と合弁会社グロザスを今年5月に立ち上げており、主にASEAN地域での市場開拓を視野に入れる。基盤のみの素のクラウドサービスではなく、業種・業務に合った豊富なサービスを簡単に連携できる使い勝手のいいサービス体系に仕上げられれば、プロバイダ陣営の勝算は十分にありそうだ。