VAを中堅・中小企業の取り込みに
──今年の重点施策としては、まず、データを視覚化して分析するビジュアル・データ探索ソフトウェア「SAS Visual Analytics」(VA)の幅広い顧客層への拡販、そして超高速ビッグデータ分析アプライアンス「High Performance Analytics」の金融を中心とした領域への営業強化に重点を置いておられるとうかがっています。 吉田 VAには大きく分けて二つの戦略があります。一つは、すでに当社のアナリティクス製品を導入していただいている比較的大規模なユーザーに、よりわかりやすいインターフェースとして活用してもらうというものです。VAはSASのすべての製品のインターフェースとして使うことができますので、データを視覚化して、その意味やパターンの関係性を明確にするデータ・ビジュアライゼーションのメリットを多くの既存ユーザーに提供するというわけです。
さらに、紙で出している簡単なレポーティングなどをビジュアライゼーションすることもできます。VAは、原因分析であるBIから、未来予測までを可能にするBAにシフトするための入り口となるツールです。VAで出力されたレポートは、データを活用してさらにビジネスを向上させるアイデアを喚起するものになると自負しています。
もう一つの戦略としては、ハイレベルのデータ分析機能を使う規模に達していなくて、まだアナリティクスを使っていない企業などに安価でシンプルな機能のバージョンを提供して、BAの世界に誘導したいと考えています。
──ターゲット層を従来の大企業から中堅・中小まで広げるということですか。 吉田 そうです。初めてのSAS製品としてVAを導入されるという企業には、VAのスタンドアロン型をエントリモデルとして提供します。これは、年商500億円以下の中堅企業が対象になると思います。そのほか、全社規模への導入ではなく、マーケティングなど特定部門で使いたいというユーザー向けにも、少しコストのハードルを下げて導入しやすいようにしています。
──VAの販売戦略や目標はいかがですか。 吉田 グローバルで2000~4000本売りたいというのが年内の目標ですが、北アジアにも、数百本レベルのノルマが課されています。
販売体制としては、従来のユーザーに対しては今まで通り直販します。小規模ユーザー向けの廉価版は、当社としても新しい試みですので、販売パートナーを新しく見つける方針です。基本的には大手のディストリビューター1社か2社とアライアンスして、彼らのネットワークで売ってもらうということになると思います。現在、アライアンスの検討をしているところで、夏くらいには具体的なかたちを決めたいと思っています。
新興国にも後れを取る日本企業に危機感
──「High Performance Analytics」はハイエンドのソリューションですが、こちらはどのような戦略で売っていくことになるのでしょうか。 吉田 「High Performance Analytics」の重要なコンセプトは、今まで機械が使っていた時間を経営者に戻すということです。例えば、ビジネスで競合や顧客の分析をするときに、従来のソリューションでは1か月や1週間に一つしかできなかった分析が、「High Performance Analytics」では1日20個くらいできるようになる。経営に関する質の高い判断材料を豊富に提供できるようになります。とくに金融の分野でリスク商品を扱うユーザーは、今まで諦めていたことが実現できるようになるソリューションということで、大きなポテンシャルを感じてくださっているようです。商品を市場に出したときに、どんな反応があるかをすぐに知ることができ、戦略や戦術の修正も即時に行うことができます。
ハードウェアが専用のもの以外は、直販か、従来どおりアクセンチュアなど業種特化型のパートナーと販売していくことを考えています。「High Performance Analytics」は、単体での売上目標は立てていません。かなり高価でユーザーも限られますし、「アナリティクスはここまでのことを実現できるんですよ」ということを広く知らしめる戦略的な商品でもあるんです。
──そのほか、今年注力する施策をお聞かせください。また、市場の課題は? 吉田 BIからBAにシフトする場合、ユーザーごとの個別の予測モデルが必要になります。これは一般化できるものではなく、コンサルタントの力が不可欠です。当社は日本だけで100人規模のアナリティクス・コンサルタントを擁していますが、市場の広がりに合わせてリソースを強化していきます。
また、日本市場の一番の課題は、アナリティクスそのものについて受け入れの土壌があまり整っていないということです。これは、大学に統計学の専攻がないということも関係していると思います。長期的な視野で教育の現場からアナリティクスの土壌をつくるために、学術機関に教材を提供したり、教育カリキュラムでの連携などを図っていきます。
アナリティクスが企業の経営を向上させることは、「MITスローン・マネジメント・レビュー」誌とSASが共同で調査した結果でも明らかになっています。しかし、日本の企業のアナリティクス活用度は新興国にも大きく後れを取っています。その価値を知らずに日本の企業の国際的な競争力が落ちていくことを私は大変危惧しています。アナリティクスを日本に定着させ、日本企業のイノベーションの原動力にするのが、私の大きなミッションだと思っています。
・FAVORITE TOOL 「今の自分がどれほど優れているかではなく、これからどのくらい良くなりたいのかが大事」というタイトルに惹かれて購入した、営業マン向けの格言集。サンフランシスコの空港で見つけた。「明日の目標を設定し、そのために今日何をすべきか考えることは、仕事でも日常生活でも大事」という自らのモットーにぴったり合致したため、心の拠り所にしているという。
眼光紙背 ~取材を終えて~
日本の企業は、中国や韓国の企業に比べてアナリティクスを活用しておらず、その差は開く一方だと危機感をあらわにする吉田社長。「本来アナリティクスとはいえないようなソリューションを提供する企業もあって、そうしたソリューションだけをみて、アナリティクスは経営の役には立たないと思われることが一番怖い」と、業界全体が危機感を共有できていないことに歯がゆさを感じている。VAの廉価版販売が戦略として成功すれば、アナリティクスのすそ野を広げ、まさに「受け入れの土壌をつくる」効果が生まれる可能性もありそうだ。
「リーダーは常に明日をみて目標を定め、そのために今日何をするか考えなければならない」と企業経営者としての哲学を語る。北アジア地域も統括する吉田社長は、2012年に引き続き、2013年もグローバルでの成長率No.1を死守するとともに、日本市場へのアナリティクスの定着という大きなミッション達成に向けて、戦略を粛々と実行していく決意を示している。(霞)
プロフィール
吉田 仁志
吉田 仁志(よしだ ひとし)
1961年、神奈川県生まれ。83年、アメリカ・タフツ大学卒業後、伊藤忠に入社。スタンフォード大学大学院コンピュータサイエンス研究科で修士号、ハーバード大学ビジネススクールでMBAを取得。ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ日本法人代表取締役社長、ノベル代表取締役社長などを経て、2006年より現職。
会社紹介
企業の経営課題を解決するためのビジネスインテリジェンス(BI)、ビジネスアナリティクス(BA)などのソフトウェアとサービスのリーディング・カンパニー。1985年に日本法人を設立、これまでに1500社が導入した実績がある。2012年のグローバルでの売上高は28.7億ドルで、そのうち日本の売上高は6%強を占める。従業員数は240人(2012年12月現在)。本社は東京・六本木。