誠意と熱意で粘りに粘る交渉が続く
──サンウェイグループはどのような会社なのですか。 齋藤 マレーシアの中堅財閥で、創業期は錫(すず)の採掘で財を成したそうです。マレーシアは錫のほかにも石炭や天然ガス、ゴムなどの天然資源に恵まれ、こうした資源をベースに発展した大企業が少なくない。今は錫を採掘した跡地を再開発して、総合不動産ディベロッパーとしてビジネスを伸ばしています。サンウェイテクノロジーはサンウェイグループのIT部門がルーツになっており、ユーザー系のSIerという位置づけです。今回、合弁会社をつくるにあたって、サンウェイテクノロジーを中心とするIT系の子会社を10社ほど再編しました。サンウェイグループ向けのIT部門以外は、ほぼ合弁会社に移管した格好です。
──お話をうかがう限りでは、とんとん拍子に話が進んだようですが、日立システムズへの着任からASEANでの合弁会社設立までおよそ2年かかっています。実際は相当なご苦労をされたのではないでしょうか。 齋藤 思ったよりも時間がかかってしまったのは事実ですね。合弁の対象をサンウェイに絞り込んだのが2012年4月頃で、デューディリジェンスを始めたわけですが、問題が起きたときの責任の取り方や、将来の会社のあり方など、お互いに突っ込んだ話し合いをしました。日立システムズが51%の出資ですが、実質は対等な合弁で、社長はサンウェイ側から出してもらうなど、米国風の契約ありきのドライな合弁やM&Aとは、正直、かけ離れたものになっています。北米でのM&A経験しかもっていなかった私にとっては意外でした。
交渉の後半に差しかかると、むしろ私からのアプローチのほうが積極的で、「仮契約を結ぶまでは、ここ(マレーシア)に残る」と粘りに粘って、最終的に誠意と熱意で口説き落とした格好です。向こうは、「日立に買われる」というマイナスイメージを社員に与えたくないわけで、日立システムズとしても、それは本意ではない。あくまでも日立とサンウェイが対等に手を取り合って協業し、競争力を高めてビジネスを大きく伸ばしていくことが目的なわけですから、この点にいちばん神経を遣いましたし、これからもお互いの思いを大切にしていきたい。
向こう2年で売り上げを3倍以上にする
──兄弟会社の日立ソリューションズが中国に4拠点を展開し、日立システムズグループとしては、インドにも拠点を展開するなど、日立の主要SIer2社でアジア全域をカバーしつつあります。 齋藤 そんなに計算しつくしたものではなく、日立ソリューションズとは連携をとりつつも、全力でアジア成長市場に食らいついているというのが実態です。中国では日立システムズも地場の有力ビジネスパートナーと組んで進出していますし、グループで補完し合いながら進めています。
日立ソリューションズ中国法人の張さん(張若皓総経理)は、地場での人材育成に力を入れて、中国で率先してビジネスを起こす若手幹部社員を多く育てておられるとうかがっています。日立システムズも海外人材の育成に力を入れてきましたが、今回のサンウェイとの合弁によって約170人の地場の精鋭が、日立システムズグループに加わってくれたことは大きな前進です。自力でこれだけの人材を育てようと思えば時間がかかるわけで、合弁によってASEANビジネスで1~2クラスくらい飛び級できたようなものです。
──当面のビジネス目標を教えてください。 齋藤 合弁以前のサンウェイテクノロジーグループの売上構成比は、PLMとCAD/CAM関連がおよそ半分。ERP(統合基幹系システム)とDCなどを活用したITO(ITアウトソーシング)がそれぞれ2割ほどを占め、その他が1割ですが、合弁会社ではERPとITOを重点的に伸ばしたい。
DC事業にしても、ASEANでの一般的な運用形態は、不動産会社とIT運用会社、サービス提供会社と分かれていたりして、日立システムズのようにDC設備、IT運用、サービスまで一貫して手がけるビジネス形態は、まだあまりメジャーでなかったりします。ASEANの成長市場で、PLMとCAD/CAM、ERP、ITOをバランスよく伸ばすことで、向こう2年で売り上げを3倍に伸ばす計画です。公式には2015年度で日本円ベースで年商40億円という数字を公表していますが、個人的にはもっと大きく伸ばしたい。
──日立システムズは、早い段階で直近の年商に1000億円ほど上乗せして年商5000億円を目指しています。海外関連で10%というと500億円ですから、まだハードルが高そうですね。 齋藤 そうです。私は会長職を務めながらも、日立システムズのグローバル事業統括本部長として、売り上げを伸ばす次の施策も並行して打っていきます。海外事業の基盤がある程度、整備できれば、もともと中国・ASEANは成長市場で、日系ユーザー企業もアジアを向いているタイミングなわけですから、売り上げは自ずと伸びます。
・FAVORITE TOOL 吉田カバンの『PORTER』。欧州ブランドも好きだが、「最近は日本ブランドのものを身につけることが増えた」そうだ。海外事業の担当が長くなるにつれて、「自身の強みや、日本のよさを再認識する機会が増えた」ことが影響し、今では「歩く日本の広告塔」のようなファッションになっているとか。
眼光紙背 ~取材を終えて~
齋藤眞人会長は、「ビジネスの基盤さえつくれば、アジアは成長市場なので、ビジネスは必ず伸びる」と考えて、ASEAN地域での大型M&Aを行った。マレーシアの会社と組むことになったのは、縁もあったが、マレーシアという国の魅力、地の利が背景としてあったことは否めない。
マレーシアは人口約2800万人と、決して大きな国ではないが、いくつもの顔をもっていることで有名だ。一つは敬虔なイスラム国家。そしてマレー系、中国系、インド系などからなる豊かな多民族国家。イギリス連邦(コモンウェルス)で英語がよく通じ、欧米と価値観を共有できるビジネス環境──。
齋藤会長が密かに着目するのは、マレーシアがイスラム国家であり、「ここで修行を積めば、ASEAN最大のイスラム人口を抱えるインドネシアや、将来的に大きな成長が見込める中東への足がかりになる」という点だ。多彩な文化や宗教、人種が混じり合うアジアの縮図のような魅力がマレーシアには凝縮されている。(寶)
プロフィール
齋藤 眞人
齋藤 眞人(さいとう まさと)
1954年、東京都生まれ。77年、早稲田大学理工学部卒業。米ペンシルベニア大学コンピュータ情報科学修士課程修了。80年、日立製作所入社。00年、ソフトウェア事業部企画統括部長。01年、情報・通信グループ統括本部国際事業企画本部長。2011年4月、日立情報システムズ(現日立システムズ)執行役員グローバル事業統括本部長。13年4月、日立サンウェイインフォメーションシステムズ会長。
会社紹介
日立システムズとマレーシアのサンウェイテクノロジーの合弁会社で、2013年4月1日に設立。マレーシア、シンガポール、タイ、フィリピン、インドネシアに拠点をもち、年内をめどにベトナムにも拠点を開設する予定だ。社員数は約170人で、2015年度には直近の年商の3倍ほどに相当する40億円の売り上げを目指す。