「ドクターズバッグ」に込めた思い
──お気に入りのビジネスグッズに挙げていただいたドクターズバッグは、当時のTIS社長が持っておられたタイプの鞄だそうですね。 前西 私は、大阪で操業した旧東洋情報システム(現TIS)出身なのですが、IR担当として上京したとき、当時の今井洋社長が、こう、かっこいいドクターズバッグを持っている姿を見たのです。いや、正確に言えば今井さんが格好よかったのでバッグも格好よく見えたというべきでしょうか。彼は、今のTISにつながる大改革を実行した人なのですね。IR担当でしたから、文字通り鞄持ちとして随行する機会に恵まれ、今井さんからずいぶん薫陶を受けました。
──改革前のTISはどんな会社だったのですか。 前西 今の基準からみれば、ずいぶん受動的でした。要は受託開発中心だったのです。待ちの営業で、社内のどこを切っても金太郎飴のように同質だった。今井さんは、そうした企業文化を打ち壊して、攻めの営業、課題解決型の提案、何ごとにも貪欲に挑んでいくように変える転換点をつくったのです。1990年代半ば、インターネットが台頭して、情報サービス業界の産業構造が大きく変わろうとしている時期でした。あのとき転換していなかったら、今のTISはなかったでしょうね。
私は、トップに立った以上、後年、「あの人が社長だったときがわが社の転換点だったよね」といわれるような仕事をしたい。そういう思いで、似合うかどうかはわかりませんが、私も大きなドクターズバッグをお気に入りにしているわけです。ただし、私は先に話したITHD創設者たちのような強烈な個性やカリスマ性をもっているわけではありませんので、それなら、事業会社のトップとスクラムを組んで新しいITHDをつくっていこうじゃないかということになりました。
──まず、これだけは確実に実行するという施策は何ですか。 前西 基盤部分の共有化は何としてもやり遂げたい。DC基盤上で展開するサービスは、それぞれの業種業態の顧客向けに最適化してもいいのですが、今のクラウドや仮想化全盛の時代、ITの基盤部分の差異はどんどんなくなっているのです。BPOについても、各社がコールセンターをもつのではなく、グループでもっと共有すべきでしょう。
集団指導体制で強みを生かす
──グローバルやサービス化について、もう少し補足していただけませんか。 前西 オープン化やダウンサイジングで情報サービスのあり方が大きく変わったように、これからはグローバル化、サービス化で、もう一度、さらに大きく変わるでしょう。ビジネスがどんどんグローバル化するなかで、従来のような手組みの一品モノをつくっていては、正直いって、追いつかない。いわゆる「つくらない開発」「納めない開発」といわれるマッシュアップ型の手法も恐らく変化の一つの要素であって、早く、安く、国内外で分け隔てなく使えるシステムが求められているのです。
TISとインテックは国内外にDC基盤を展開していますし、アグレックスはベトナムでBPO事業を立ち上げます。旭化成に一部ご出資いただいているAJS、同じく小松製作所に一部ご出資いただいているクオリカは、製造業の深い知見や経験をもっています。業種でみるとTISは金融に強く、インテックは自治体に強い。またインテックは、今年、東洋ビジネスエンジニアリングの「MCFrame Partner of the Year」の生産管理の分野で9回目の受賞を重ねるなど、実は中堅どころの製造業にも強いのです。クオリカは独自商材として外食産業向け営業支援システムを開発しており、これが中国でヒット商材に成長しようとしています。
TISのクラウドサービスは、この8月、中国に続いてインドネシアでもサービスを立ち上げましたし、アグレックスのベトナムBPOは、地場大手ベンダーのFPTソフトウェアと組んで2015年には500人規模に拡大させる予定です。各社がそれぞれの業種・業態の顧客ニーズに応えながらも、DCやBPOといったバックオフィス、サービス基盤系は積極的に共有化を進めます。こうした基本方針を踏まえたうえで、各社のトップが膝を突き合わせて経営方針を決める。お互いの強みをよく認識し、相互理解を進めていくことで、実効性を高めていきます。
──今後の課題を挙げるとすれば、どんな点でしょうか。 前西 グローバル展開といっても、今は中国・ASEANがメインです。当社の顧客のなかには日本を代表するグローバルカンパニーが何社もありますので、こうした顧客のニーズに応えられるよう、グローバル化、サービス化を一段と推し進めていく必要があります。人員は中国主要都市とASEAN各国に約400人の社員を展開し、先述のFPTソフトウェアとの合弁が軌道に乗れば900人体制まではみえています。これからどう海外で展開するのか、あるいはM&Aを実行するのか、ITHDに各社の英知を結集して決めていきます。
・FAVORITE TOOL ドクターズバッグ。ブランドは不詳。薫陶を受けた今井洋・東洋情報システム(現TIS)元社長が愛用しており、「その憧れから自分もドクターズバッグを使うようになった」とのこと。IR担当だった当時、A3判の資料が入る大きなタイプを探して、ようやく今の鞄にたどり着いた。
眼光紙背 ~取材を終えて~
ITHDは、国内外51社、約2万人の社員からなる独立系トップのSIer集団。個性豊かなSIerで構成するITHDグループがもつ多様性は、あらゆる業種・業態に対応可能という意味で魅力的である。しかし、従来、ややもすれば散漫な印象も見受けられた。ITHD創設者の岡本晋氏、中尾哲雄氏の強烈な個性によってかたちづくられただけに、2代目社長の前西規夫氏には、これまでと違うアプローチが求められる。
前西社長は、「主要事業会社トップによる集団指導体制」や「データセンターやBPO基盤の共有化」を明確に打ち出している。ユーザーに見える業務アプリケーションやサービスの部分は、事業会社それぞれの個性を発揮する一方、「バックヤードは徹底して共有化を進める」。とりわけリソースが分散しがちな海外では、グループのチームプレーが不可欠で、「事業会社のトップ以下、それぞれの部門単位でもリソースやノウハウの共有を進める」ことで、グループ全体のビジネスを大きく伸ばしていく。(寶)
プロフィール
前西 規夫
前西 規夫(まえにし のりお)
1949年、大阪府生まれ。72年、大阪大学基礎工学部卒業。同年、東洋情報システム(現TIS)入社。96年、取締役。01年、常務取締役。04年、代表取締役専務。08年、代表取締役副社長。10年、ITホールディングス(ITHD)副社長。13年6月、社長就任。
会社紹介
ITホールディングス(ITHD)の2013年3月期の連結売上高は前年度比3.2%増の3378億円、営業利益は16.3%増の181億円。中国の主要都市とASEAN各国にグループ拠点を展開し、アジア全域でビジネスを伸ばしている。データセンター(DC)運営に強く、クラウド型サービスの拡充でも常に業界の最先端を走っている。