ODAを活用し、ミャンマーで案件具体化
──開発途上国の基盤的なICTインフラ整備に対する支援ということでは、今年5月、ミャンマー政府から、インターネット環境整備事業を住友商事(中村邦晴社長)、NEC(遠藤信博社長)、NTTコミュニケーションズ(有馬彰社長)のコンソーシアムが受注しました。これはまさに、ODAを活用した事業ですね。 関 ミャンマーは、今年12月に開かれるASEAN全10か国と東ティモールが参加する東南アジア最大の総合競技大会「第27回SEA Games」の開催地です。また、来年にはASEANサミットの議長国も務める予定で、再来年の2015年には総選挙も控えています。そのため、ICT環境の整備が喫緊の課題となっているのです。
そこで、ミャンマー政府は、ヤンゴン、マンダレー、ネピドーの国内主要3都市内と、それぞれの都市間を結ぶ通信インフラ整備を計画し、その支援を日本政府に要請しました。そして昨年12月に、ODAによる17.1億円の無償資金協力が決定したという流れです。
ただし、ミャンマーにとってこの事業は、連続する大規模イベントを前にした緊急対策的な色合いが濃い事業です。中期的には、国内全土のICTインフラ整備や、海外と接続する通信インフラの整備についても取り組むことになるでしょう。われわれがいま検討しているのは、その計画策定支援を、日本が官民連携で担うことです。今年の冬にはミャンマー側に包括的な基幹ネットワーク整備計画を提案する予定です。
──基幹ネットワーク整備計画の提案を受け入れてもらうことが「本丸」というわけですね。感触はいかがですか? 関 現時点では確かなことはいえませんが、何とか合意にこぎ着けたいですね。ミャンマーの国づくり全体のビジョンを理解したうえで、彼らの目指す方向、関心にフィットした提案をしなければなりません。基本的には、JICA(国際協力機構)が中心となって、日本のIT関連企業も調査・検討に参画して、官民連携のオールジャパン体制で提案づくりを進めています。これが実現すれば、日本のITベンダーが現地で活躍するための土壌となるといえるでしょう。
日本企業と現地ニーズのマッチングを支援
──現地での、ITベンダーの個別の案件を支援するような取り組みはなされているのでしょうか。 関 ミャンマーに対しては、すでに総務省として具体的な取り組みを進めています。ICTの基幹インフラ整備の次の段階を見据え、個別のソリューションについても、相手国のニーズに適合した提案を日本企業にしてもらうために、マッチングの機会を設けています。
今年の1月には、柴山昌彦総務副大臣が、官民ミッションを率いてミャンマーを訪問しています。通信事業者や商社、SIerなど、ITやインフラ関連の25社が参加しました。日本のITベンダーには、海外の住民登録システムや税関システムなどで実績をもつ企業もありますし、開発途上国をオフショア開発の拠点として位置づけているケースも多い。すでにミャンマーにオフショア拠点を設けているベンダーもあります。基幹ネットワーク整備計画の提案が受け入れられることは、そうした企業にとって、ビジネスチャンスが広がるきっかけになると期待しています。総務省も、案件獲得をサポートするために、日本企業と現地のコミュニケーションの機会は、これからも継続して設定していく予定です。
──一方で、6月には、ミャンマーの携帯電話事業の免許落札で日本の企業連合が負けてしまいました。5月に安倍晋三首相が、40社の日本企業幹部を率いてミャンマーを訪れ、ICTを核とした日本のインフラ技術を強力にPRした後の出来事でした。ICTの輸出も、なかなかひと筋縄ではいかないという印象をもちました。 関 それでも、日本のIT産業の成長を考えれば、海外市場が今後ますます重要になるのは間違いありません。7月に出た平成25年版の情報通信白書でも、それは指摘しています。
政府は現在、パッケージインフラの輸出に非常に力を入れています。ICTに関連するものでは、ICTインフラそのものと、ICTを組み込む鉄道や上下水道などの社会インフラがありますが、これらの分野では、総務省がイニシアチブを握ってリーダーシップを発揮し、日本のIT産業が世界でビジネスをしていくための施策を強力に推進したいと考えています。
──日本のIT産業界には何を期待しますか? 関 日本は、非常にものづくりに長けた国ですが、グローバルの市場では、製品単体での競争となると価格的にも厳しくなっていることは事実です。これからは、どれだけ市場のニーズに合ったシステム、サービスを売り込んでいくかが求められている時代だと思います。日本でつくったものを海外にもっていくのと、海外でつくったものを現地に納めて運用するのでは、同じグローバル経営でも課題が異なります。今、日本の企業に必要なのは、後者のチャレンジでしょう。日本のベンダーには、とにかく海外のユーザーが求めるものに注意深く耳を澄まして、変えるべきところは大胆に変えるという姿勢が求められています。
いつまでも日系企業の現地法人相手のビジネスをしていては、やがて行き詰まる可能性が高い。「本当の海外ビジネス」にシフトできるかがポイントです。国も後押ししますので、ぜひその観点から果敢な挑戦をしていただくことをお願いしたいですね。

‘日本のベンダーには現地のニーズに注意深く耳を澄まして、変えるべきところは大胆に変える姿勢が求められています’<“KEY PERSON”の愛用品>秋田時代から愛用する樺細工のペン立て 1998年から3年間、秋田県商工労働部に赴任していたときに手に入れた樺細工のペン立て。「暖かみがあって、非常に落ち着く」と、執務机に置いている。同じ素材の名刺入れ(写真右)も愛用している。
眼光紙背 ~取材を終えて~
開発途上国政府のICT活用基本構想にいかに食い込むか──。ICTインフラ輸出の成否の鍵は何かという点で、関次長の問題意識は明確だ。ミャンマーでの官民一体の取り組みは、その先鞭をつける事業で、総務省の力の入れ具合が、ひしひしと伝わってきた。
関次長はかつて京都議定書に関わる各国間交渉の場で、「ルール」をつくる初期の段階で主導権を握ることの大切さをイヤというほど味わった。基本構想に食い込むことにこだわるのは、このときの経験があるからだ。
「欧州や米国は、きれいなメッセージをつくって新しい価値観を売り込むのが得意。日本は誠実ではあるが、それゆえに画期的な提案であっても見せ方がへたで、損をすることが多い」のが実感だという。
IT産業を日本の競争力を支える強い産業にするためにも、官民一体となったオールジャパンでのICTインフラ輸出の舵取りを担う関氏の手腕に期待がかかる。(霞)
プロフィール
関 総一郎
関 総一郎(せき そういちろう)
1960年生まれ、千葉県出身。83年、東京大学法学部を卒業後、通商産業省(現・経済産業省)入省。基礎産業局、留学、資源エネルギー庁などを経て、98年3月、秋田県商工労働部次長、99年7月、同部長に。2001年1月、経産省産業技術環境局地球環境対策室長。商務情報政策局サービス政策課長、経産省大臣官房参事官(国際エネルギー交渉担当)、経産省産業技術環境局審議官(環境問題担当)などを歴任。12年8月から現職。