草野隆史社長は、ビッグデータが社会を変革することを確信している。数多くの起業家を輩出している慶應SFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)で学んだ後、インターネットの普及期にネットワーク系ベンチャーの立ち上げに携わって、情報分析・活用の可能性を実感した。2004年に、情報解析の専門家であるデータサイエンティスト(10~13面に関連記事)のプロ集団、ブレインパッドを設立し、データ分析ビジネスを伸ばしつつ、今年7月に東証1部上場にこぎ着けた。そんな草野社長だが、今はブレインパッドの組織を根本から立て直し、事業展開の本格フェーズに突入しようとしている。若手起業家が心に秘す、ビッグデータに対する熱い思い──。草野社長に将来に向けた展望などを語ってもらった。
分析2人・営業3人で事業をスタート
──最近は、大量のデータを分析・活用する企業の事例が増えてきて、「ビッグデータ」はバズワードを卒業したという印象があります。2004年、草野社長がブレインパッドを立ち上げられた頃、ビッグデータという言葉自体はまだ一般化していなかったと思います。草野社長が、情報の分析は将来のビジネスになると見通されたのは、何かきっかけがあったのでしょうか。 草野 僕は、2000年頃、友人と一緒にインターネットプロバイダ関連の事業を手がけるベンチャー企業をつくりました。当時は、激安料金のブロードバンドの普及が始まった頃で、通信回線のインフラが日増しに改善される様子をこの目で見ることができました。そして、インフラの改善によって、インターネットを使う企業が増え、人々が「データ」によってコミュニケーションをするようになりました。この動きは、個人や企業の間に大量の情報が飛び交い、データとして情報システムに蓄積されるということを意味しています。
日本は、人口が減り続け、経済が縮小するおそれがある状況にあって、GDP(国内総生産)を維持・拡大するために、データを分析し、新しい価値を創出することが不可欠だと考えています。ベンチャー企業は世の中の問題を解決し、経済を活性化させるために存在すると思っていて、データ分析によって社会を救うために、ブレインパッドの設立を決めました。
──立ち上げの翌年の05年に「個人情報保護法」が成立したこともあって、当時は、企業は「情報を外に出す」ことに対して、非常に慎重だったと思います。どのような工夫をして、お客様を獲得しましたか。 草野 おっしゃる通り、企業にはそもそもビジネス情報を外部に出して活用する文化が根づいていません。だから、設立当初、事業を拡大するうえでの一番高いハードルでした。ブレインパッドの当時の体制は、データを分析するアナリスト2人と、案件を獲ってくる営業担当3人。つまり、アナリストよりも営業のほうが数が多かったわけです。市場をつくり出すために、あえて営業体制を強くして、お客様の既存のニーズに応えるのではなく、お客様の新たなニーズを掘り起こすことを方針に掲げました。
最初のうち、データ分析は本当にビジネスとして成り立つのかという不安もありました。そのときに勇気づけてくれたのは、04年12月に米IBMの当時のサミュエル・パルミサーノ会長が報告した「イノベート・アメリカ」でした。このレポートでは、データマイニングによる情報分析が新しいサービスを生み出し、米国経済の成長に寄与するということを予測していました。僕はそれを読んで、「自分の考えていることが正しい」と確信し、データ分析事業に力を注ぐことを決心しました。
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