ソーシャルメディアの普及によりコミュニケーションのあり方は大きく変化した。企業にとっても消費者の声をリアルタイムかつ大量に収集することが可能になり、ソーシャルメディアとどう向き合っていくかはビジネス戦略上、大きな意味をもつようになった。ソーシャルメディア・マネジメント・ツールを核に、優れた顧客体験(CX)を実現するための統合的なプラットフォームを提供するとうたうSprinklr Japanの八木健太社長は、「顧客中心にビジネスそのものを変革するためにITを活用するのがデジタルトランスフォーメーション(DX)の本質」として、同社のソリューションをまさに日本企業のDXの切り札として浸透させようとしている。
サクセスマネジメントを最も重要視
──Sprinklr Japanの営業開始から3年が経ちましたが、立ち上げから携わってきた八木さんとしては現在のビジネスの状況をどう評価しますか。
具体的な数字についてはいえなくて申し訳ないのですが、実績ができて認知度が上がって、大手のお客様とのビッグディールが成立しやすくなっているのはポジティブな要素です。われわれのソリューションはSaaSで、お客様には毎年利用契約を更新していただいているわけですが、最初のお客様がビジネスに不可欠なツールとして使い続けてくれているのは大きいです。さらに、当社は単一製品ではなくトータルソリューションを提供していますから、最初は単一製品のみを導入されたお客様が使う製品の幅を広げてくれたり、社内の別の部署でも広げてくれたりという事例も出てきています。
──アップセルもうまくいっていると。
それだけ複数年事業を重ねてきただけのビジネスの深みのようなものは出てきていると思いますね。
──企業がソーシャルメディア対応を含むCX戦略にしっかり投資するという考え方は、日本企業にも十分に浸透していると感じますか。
Sprinklr Japanを立ち上げた当初は、ソーシャルメディア上の声をビジネスにどう取り入れていくのかというところの啓発活動ばかりやっていた記憶があります。いまでもそれがないとはいいませんが、そこに割かなければならない時間はだいぶ減りました。ソーシャルメディアをビジネスに活用する意義について疑問を呈されるお客様はほぼいらっしゃいませんね。
──ただ、その先にもいくつかハードルはありそうです。ソーシャルメディアの重要性は理解したとして、どんな施策を誰がどのようにやっていくのか、具体的な方法をイメージできる人は多くない気がします。
それはそのとおりで、ソーシャルメディアは、そもそも無料で使えるわけで、こうした成り立ちは功罪両方を生みましたね。企業のアカウントをつくるのにもお金はかかりませんから、稟議もないし、運用に関する担当役員もいないし、責任者すらいないこともある。多くの企業がソーシャルメディアの世界に気軽に参加できたが故に、誰も責任を取らない幽霊船のようなソーシャルメディア活用プロジェクトが乱立する状況になりました。
──そうすると、Sprinklrとしては、ソーシャルメディア施策のあり方や運用の仕方などのコンサルティングも含めて営業活動する感じですか。
それはマストで、いわゆるサクセスマネジメントに最も重きを置いています。導入してもらって終わりではなく、本来の導入目的をきちんと達成できるまでお客様と二人三脚でやっていく感じですね。実際、当社のスタッフは営業マンよりもサクセスマネージャーのほうが多いんです。
企業とソーシャルメディアの接点は“面”的に
──Sprinklrのユーザーの属性や活用の仕方にはどんなトレンドがありますか。
先ほど話が出たアップセルの文脈でいうと、当初はマーケティングにソーシャルメディアを活用するというのがまず考え方として一般的になりましたが、ここまでソーシャルメディアが普及すると、これはマーケだけのものじゃないよね、という流れが出てきています。企業アカウントの「中の人」が一時期ブームになりましたけど、そういう誰かのものとか、どこかの部門のものではなくて、ソーシャルメディアとの接点を会社全体として面で捉えていくべきというのが最近のトレンドです。
ユーザーの属性という意味では、いまのところB2C企業が圧倒的に多いですね。米国ではB2Bのお客様もかなり多いですし、日本でも増えてくるとは思いますが、少し時間がかかるかもしれません。マイクロソフトが買収したビジネスSNSの「LinkedIn」はなかなか日本で利用者数を増やせていません。こういうものがもっと浸透してくると、Sprinklrを導入するB2B企業も増えるのですが……。
──コンシューマはSNSでいろいろな感想を発信するでしょうから、それをリアルタイムに広く集めて分析し、マーケティングや広告、販売活動などに役立てていくのが有効だというのは想像できます。ただ、B2BではSprinklrがどう役立つのか、ちょっとイメージしづらいのですが。
ビジネスSNSでは仕事の話がしやすいので、ソーシャルメディア上で自社ソリューションの営業活動ができてしまうんです。日本ではまだこれからですが、米国ではSprinklrの営業マンがSprinklr製品を駆使してSprinklr製品を売る、みたいなこともやっていて、成果が出ています。
──ビジネスSNSが普及すればそういう世界も見えてくるわけですね。
これも米国では顕著なのですが、どの業界でも、オピニオンリーダーがソーシャルメディア上で積極的に情報発信します。ビジネスパーソンにとって、ソーシャルメディア上での発信回数や内容、エンゲージメント率などが影響力の指標として定着しているんです。だから、ソーシャルメディア上で何も活動していない人は、もはや米国では職にありつけません。ソーシャルメディア上に存在していない人はビジネスの世界でも存在しないことになってしまうというか。人を採用しようというときに、その人のプロフィールがLinkedInになかったら、事情があって経歴を出せない人だとみられてしまうんです。
日本はそこまでの状況ではありませんが、もっともっと自分たちの生活や仕事にソーシャルメディアが直接的なかかわりをもつようになっていくと思いますし、これはもう不可逆的な流れです。ある日突然、ソーシャルメディアを馬鹿にできないと気づいて慌ててしまう企業がたくさん出てくるのではないでしょうか。
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