東芝デジタルソリューションズ(東芝デジタル)は、東芝グループ全体のソフトウェア開発の標準化、プラットフォーム化の推進役を担う。共通プラットフォーム上での開発手法の標準化によってソフト開発の生産性を高めるとともに、それぞれの事業領域で生み出すデータの活用基盤としても機能させる。これまでの製品ごとに個別最適でソフトを開発する手法ではサイロ化が進みやすく、グループ事業部門間に壁ができる要因にもなっていた。岡田俊輔社長は、東芝グループ全体の最高デジタル責任者(CDO)を兼務することで、グループ全体のソフト開発の大変革に取り組む。
(取材・文/安藤章司 写真/大星直輝)
ハードとソフトの分離に着手
――東芝デジタルの社長を3月から務める傍ら、東芝本体のCDOも兼務しています。“二足のわらじ”のように見えますが、どのような狙いがありますか。
ご存じの通り、東芝グループは電力や社会インフラ、小売業向けのPOSなど事業領域が多岐にわたっています。昨今のデジタル技術の進展によって、どの事業領域においても商品やサービスの価値を高めるのにデジタル技術の活用は欠かせません。一方で、事業部門や子会社の組織の壁があり、デジタル技術が分断されるサイロ化がグループの大きな課題になっています。
そのなかにあって、東芝デジタルはグループ内でもっとも多くのデジタル人材を抱えている事業会社です。とくにソフトウェア開発は、東芝グループ自身が最新のデジタル技術でビジネスを変革していくデジタルトランスフォーメーション(DX)を実現する上で重要な要素であり、当社が中心になって事業部門や子会社の事業部門の壁を乗り越え、グループ全体のソフト開発の開発手法を最適化し、効率的にソフト開発が行えるよう推進する位置づけです。こうした狙いがあって私は東芝デジタルの社長とグループCDOを兼務しています。
――いくらグループCDOを兼務しているからとはいえ、これまで事業ごとに個別開発してきたソフトを東芝デジタルが推進役となって標準化できるのでしょうか。
東芝デジタルの指図を他の事業部門がすんなり聞き入れるのか、という質問かと思いますが、東芝グループのなかで当社がもっとも営業利益率が高いんです。エネルギーやビル、インフラシステムなど複数の事業セグメントがあるなかで、22年3月期の営業利益率が10%を超えたのは、当社が属するデジタルソリューション事業セグメントのみ。これは誇っていいことですし、デジタル技術やソフト開発が収益力を高めるのに極めて有効だという証明でもあります。十分に説得力があるとは思いませんか。
現状を見ると、発電装置やエレベーター、POSなどのグループ各事業部門では、ハードとソフトを一体的に開発しています。ハードに最適化したソフト開発が行える利点があるものの、個別最適によってサイロ化が進みやすく、マイクロサービスやクラウドネイティブな開発手法など最新のデジタル技術の取り込みに時間がかかったり、事業部ごとの製品やサービス間でのデータ連携も難しい状態が続きかねません。
そこで、まずソフトの部分を分離して、東芝グループ共通の開発プラットフォームに移し替える必要があります。この共通プラットフォームづくりの推進役を、グループ内でもっとも多くのデジタル人材を擁する当社が担うことで、東芝グループ全体の競争力や収益力を高める算段です。
データ活用で新しい価値を創出
――現状、動いているビジネスがあるのに、そんな簡単にソフトを分離できますか。
東芝が掲げる「SHIBUYA型」で取り組んでいきます。渋谷駅周辺では大規模な再開発が行われていますが、電車やバス、繁華街のビジネスを止めずに、街がどんどん新しくなっていますよね。それと同じ考え方で、既存のビジネスを止めずに、ソフトとハードを分離し、ソフト部分の開発を共通プラットフォームへ移行。さらに開発手法を標準化し、新しい技術を取り入れやすい状態に持っていきます。こうした手法に「何か名前がほしいよね」という話になったとき、「じゃあ“SHIBUYA型”と呼んではどうだろうか」と、東芝の島田(島田太郎社長CEO)が言い出したのが始まりです。
――共通プラットフォーム化によって、データ連携も容易になりますか。
例えば、鉄道や道路、ビルのエレベーター・エスカレーター、小売店舗のPOSなどのデータから人の流れを可視化したり、電力や製造、物流のデータから二酸化炭素の排出量を予測するといった用途を想定しています。東芝グループでは、これらの領域にハードとソフトを提供していますので、データ連携の要素を加えることでより大きな価値を生み出せます。
――データ活用のイメージが漠然としてよく理解できません。すでに具体化しているデータ活用のビジネスはありますか。
街全体のデータとなるとなかなかイメージしにくいですよね。それでは、東芝テックが手がけている「スマートレシート」を例に挙げます。消費者が小売店で商品を購入したデータについて、決済事業者は「誰がどの店でいくら購入した」かは分かっても、肝心の「どの商品を購入したか」は分かりません。小売店は商品マスターを持っているので「どの商品がいくらで売れたか」は分かりますが、その人が「他店で普段どのような買い物をしているのか」までは分からない。スマートレシートは、本人同意のもと「誰がどこで何をいくらで購入したか」が分かるサービスです。
消費者にとっては、煩わしい紙のレシートの代わりに、スマホでレシートを管理・閲覧できるようになったり、お店のクーポンを手に入れられるなどのメリットがあります。22年3月期時点で前年度比35%増の84万人の消費者が利用しています。
“外部顧客8割”の強みを生かす
――企業間の取り引き(B2B)でのデータ活用はどうですか。
分かりやすい例を挙げるとサプライチェーン金融があります。当社製品にSRM(サプライヤー管理システム)の「Meister SRM」があるのですが、SRMのデータを応用することで協力会社の与信を補強し、資金を調達しやすくする活用法を想定しています。つまり、サプライチェーンのデータにもとづいて、受注確度が高いことを金融機関に示すことで与信限度を引き上げる狙いです。
サプライチェーンは一次請け、二次請け、三次請けと裾野が広がるほど、協力会社の規模が小さくなる傾向があります。自動車など大規模な製造業では中小企業が何万社もあり、なかには与信が得られず資金調達に困るケースがあります。そこでSRMデータを金融機関に示すことで資金繰りが容易になり、調達した資金で新しい設備を整えるなど生産性の向上が図れるわけです。
――スマートレシートの個人情報、あるいはサプライチェーンの企業秘密に相当するようなデータ、どう開示してもらうかがかぎを握りそうです。
データを開示してもらうには、開示するメリットが、開示しないメリットを上回ることが必須です。スマートレシートの場合は、レシート管理の容易さやクーポン券などのメリットを手厚くしなければなりませんし、サプライチェーン金融は協力企業群の経営状態が改善して生産性が高まるメリットを発注者により明確に示していかなければなりません。そうすることでデータ活用が進み、これまでになかった価値創造ができます。
――今日のお話は、ほぼ東芝グループ向けのビジネスが中心でしたが、一般顧客向けのSIビジネスの比率はどのくらいでしょうか。
当社の売上高の約8割が外部の顧客向けで、これは前身の東芝ソリューション時代からほぼ変わっていません。システム運用などのアウトソーシングでは、標準化と集約化に向けた基盤づくりをすでに手掛けています。当社の年商2300億円という規模感を踏まえれば、標準化・集約化によるメリットは大きいです。
そして、アウトソーシングでの標準化・共通化は、東芝グループの共通プラットフォームへの移行というビジネスと非常に相性がよく、外部顧客向けで培ったノウハウを生かしていきたいと思います。外部顧客をこれまで以上に大切にしつつ、グループの共通プラットフォーム化も進め、規模のメリットを追求することで業容を拡大させることが当社の使命だと捉えています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
岡田社長が東芝に入社した80年代は、ソフトウェアはハードウェアの“おまけ”だった。ハードの販売に主眼が置かれるなかにあっても、「課題解決や価値創出にこだわり、今でいうソリューションやソフト・サービスのビジネスの立ち上げに尽力した」と振り返る。
例えば、かつて東芝が手掛けていたノートPCの販売では、パソコンが持ち歩けるようになることで、働き方をどのように変えられるかに着眼。移動しながらでも仕事ができることで生産性を高める提案に力を入れた。「モノを販売している意識はなく、顧客のビジネスの変革に焦点を当てた」と話す。
今、東芝デジタルが推進役を担うグループのソフト開発の共通プラットフォームへの移行は、データ活用による新しい価値の創造をはじめとする「顧客のビジネスを変革に避けて通れない道」と捉える。顧客ビジネスの変革を重視してきた岡田社長の信念でもある。
プロフィール
岡田俊輔
(おかだ しゅんすけ)
1963年、東京都生まれ。85年、自由学園最高学部(大学部)卒業。同年、東芝入社。2015年、東芝ソリューション(現東芝デジタルソリューションズ)執行役員。19年、取締役ICTソリューション事業部長。22年3月1日、取締役社長に就任(東芝執行役上席常務最高デジタル責任者を兼務)。
会社紹介
【東芝デジタルソリューションズ】2003年、東芝の社内カンパニー「e-ソリューション社」と東芝ITソリューションを統合して東芝ソリューション(現東芝デジタルソリューションズ)設立。東芝デジタルソリューションズの連結業績に相当する東芝の「デジタルソリューション事業セグメント」の昨年度(22年3月期)の売上高は前年度比4%増の2306億円、営業利益は同22.6%増の244億円。連結従業員数は約8100人。