インターネットイニシアティブ(IIJ)のトップに4月1日、これまで副社長を務めた谷脇康彦氏が就任した。総務官僚として通信やセキュリティー領域の政策をリードしてきた立場から、インターネット接続事業者の草分けであるIIJに転じた谷脇氏。同社は好調なネットワークサービスと周辺機能を組み合わせたSIに加え、セキュリティーやクラウドなど幅広く事業を展開する。「包括的なソリューションで、日本がデータ駆動型社会になるのを支援する」との方針を示し、従来の強みを生かしながら新しい価値の創出を目指す。
(取材・文/堀 茜 写真/大星直輝)
サービス開発のペースを上げる
――総務省の官僚を長年お務めでした。IIJへの入社はどんな縁があったのですか。
官僚時代は、通信領域の仕事が長かったです。2000年に「e-Japan戦略」が策定され、IT政策が日本の国家戦略になってきたタイミングに、当時IT分野の有識者として(IIJ現会長の)鈴木からいろいろ話を聞いていて、かれこれ25年の付き合いになります。前職を辞めた後に鈴木と食事をする機会があり、うちにこないかという話をいただきました。
IIJに対しては、インターネットのフロントランナーで、エンジニアが面白いことをやっている会社だというイメージがありました。一方で、これほど幅広いポートフォリオを持ってIT事業をやっている会社だというのは、入社してから理解を深めた部分です。
――社長に就任されましたが、どんなふうに会社を率いていきたいとお考えですか。
当社の業績はネットワークと組み合わせた大型のSI案件を獲得できていることもあり、比較的好調です。この勢いを止めるわけにはいきません。法人向けサービスは成長を維持し、今まで以上に強みにしていきたいです。社長が代わり、体制が変わりますので、新しい次のステップも考えていかなければなりません。例えば、データ連携を推進するビジネスや、最近とみに重要性を増しているセキュリティーサービス、それからもう一つ、IIJの中で人材を育て、新規ビジネスのアイデアを育てていく環境整備は、私なりに注力していきたい部分です。
――官僚時代の経験を事業にどう生かしていきますか。
私は内閣官房でサイバーセキュリティーの仕事をしていました。その頃から、問題意識は実はそれほど変わっていないのです。その中の一つが、サイバーセキュリティーは、コストではなく企業価値を上げるための投資であるということです。投資として、セキュリティー製品の選定が非常に重要になってきます。セキュリティーは技術的に難しいものと思われがちですが、経営層から見ても納得感があるようなセキュリティーサービスを当社が提供していかなければならないと強く思っています。
セキュリティー事業は好調ですが、当社が特別伸びているというよりも、マーケット全体が伸びているという側面が強いです。顧客のニーズをくみ取りながら、次の一手として新しいサービスを考えていかないといけません。それはセキュリティーに限りません。新しいソリューションを生み出すペースをもっと上げないと市場の変化に対応できなくなるので、社員にもっと頑張るように促していきます。
日本の本質的なDXを後押し
――日本全体のDXを進めるために課題になっているのはどんなことでしょうか。
日本のデジタル化、DXは、いかにコストを下げるかということを意識してIT投資が行われています。既存のビジネスをITに置き換えることによって、省人化したり自動化したりということが中心なのですが、米国や欧州を見ると、新規ビジネスを生み出すのにデジタル技術を使いましょうという動きが非常に強いです。
コスト削減だけにとどまらない、本質的なDXを進めていくために、どういうツールをITベンダーが提供すべきかということを考えていく必要があります。そして、個別のツールも大事なのですが、全体として日本企業がDXに取り組むために必要なものをパッケージとして提案していきます。その一つが、当社の「DXP(DX Platform)」です。事業部門や開発部門もターゲットにし、DXを推進する全ての人々を対象としたプラットフォームなのですが、このような包括的なツールの提供をどんどんやっていきます。
――日本企業の意識は変わってきているでしょうか。
コロナ禍を経て、事業継続や新しいプロフィットを生み出す要素としてデジタル化が意識され始めてきています。さらに大きなトリガーになるのがAIです。AIによって新しい価値が生まれるということが非常に強く意識されるようになってきました。当社もサービスにどう取り入れ、顧客にどう提供していくのか考えています。一例を挙げると、システム構築時にコーディング作業を自動化し、それで減った工数をコンサルティングに充てる。また、ネットワークのオーケストレーションのリソースをAIを使って自動化することも可能だと思います。効率的なネットワークリソースの配分で付加価値をつくり出すことをAIで実現していきたいです。
私は前職時代からずっと言い続けているのですが、日本はデータ駆動型社会になっていく、そして次の市場経済を動かすのはデータだと考えています。全ての人、モノがネットワークにつながり、その動きはデータとしてサイバー空間に集まります。そのデータをうまく生かせば、新しい価値を生み出すことが可能になってきます。データ連携をいかに円滑に行っていくのか、「データスペース」の領域に当社がどう絡めるかは、社内で議論していきます。データをつなぐことは、当社の本来業務であるネットワークに結びつきます。われわれにとってフックが強く持てる分野だと考えます。
マルチクラウドでデータ主権を確保
――クラウドサービスの戦略をお聞かせください。
自社のクラウドサービス「IIJ GIO」に加えてマルチクラウドに対応しており、ハイブリッドでお使いいただく提案ができるのが大きな強みになります。オンプレミスとマルチクラウドのデータを連携させる「IIJクラウドデータプラットフォーム(CDP)」は引き合いも多くあり、先ほど申し上げた、データ連携の先駆けとなるサービスです。CDPを核として、顧客の声も反映しながらサービスを磨いていくのが、データ連携ビジネスの中核の一つになってきます。
――経済安全保障の観点から、国内のクラウド基盤を活用すべきとの考えもあります。
企業のニーズとして、機密性の高いデータとそうでない一般的なデータでクラウドを使い分けるという意向は強くなってきています。日本の事業者である当社がクラウドを提供し、ハイパースケーラーのクラウドとも連携できることは強みであり、多くの企業の要望にお応えできる点になります。「データ主権」という言葉が浸透してきました。本当に重要なデータは日本の事業者に預けたいというニーズは確実に高まってきていると感じます。機密性が高いデータは当社に、一般的な、例えばIoTから上がるデータはハイパースケーラーに預け、それらを連携させる使い方は十分あると思います。ガバメントクラウドの領域では、当社は現在(クラウド基盤を)提供していませんが、政府に対しては、データ主権の観点から自治体がクラウドを使い分けられるような仕組みづくりを期待したいです。
――クラウド事業をアジア地域ではどう展開していきますか。
アジアの国々はこれから大きく経済成長が見込まれますし、インフラ基盤が整ってきています。アジアの顧客に対してサービスを売っていくことに加え、アジアの優秀な人材とタッグを組んで新しいアプリケーションやサービスをつくっていくことも考えていきます。日本は人口減少という課題に世界に先駆けて直面していますが、課題があるところには必ず新しいものが生まれます。デジタルの力で問題を解決し、プロフィットを生み出す取り組みを進めていきます。
――パートナーにはどんな役割を期待していますか。
お客様の具体的なニーズを一番つかんでいるのはパートナーです。私もIIJに入社してから地方に行く機会が多いのですが、各地のパートナー企業の意見を伺うのがとても勉強になっています。これまで以上に関係を強化していきたいです。
災害発生時の公共機関における確実かつ円滑な通信を確保する「公共安全モバイルサービス」や、医療や介護分野で活用いただける「電子連絡帳」の提供にあたっては、地域の実態をよく知るパートナーからユースケースなど知恵をいただきたいです。
――今後の抱負をお願いします。
常に新しいものを生み出している組織でありたいです。新しいものを生み出す人や組織は、みんな仕事を楽しんでいます。期待に応えたり、課題を解決したりすることが働きがいにつながるので、社員が働きやすい環境づくりを進めます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
長年公務員だった谷脇社長に、霞ヶ関と民間では違いがあるか聞いてみると「IIJはあまり違和感がない」との答えが返ってきた。
自身の政策の師匠とする米国人の博士が「人生の中で3分の1が公共サービス、3分の1が大学、3分の1が企業が一番の理想」と言っていた言葉が胸にあるという。大学で15年ほど教べんをとっていた経験もあり、今回社長のポストを得たことで、この理想に近づけるのではないかと聞くと、「ワクワク以外何もないですよ」と笑顔を見せる。
「企業は数字を出してなんぼ。今まで守備についていたチームが攻撃側に転じたようだ」と自身の立ち位置の変化を表現しつつ、「デジタル化の価値を一人でも多くの人が得られるようにする仕事は、政策でもビジネスでも何ら変わらない」と、日本の成長力向上に尽力する決意を語った。
プロフィール
谷脇康彦
(たにわき やすひこ)
1960年生まれ、愛媛県出身。一橋大学経済学部卒業。84年、郵政省(現総務省)入省。情報通信国際戦略局長、政策統括官(情報セキュリティ担当)、総務審議官(郵政・通信担当)などを歴任。2021年総務省退官。22年インターネットイニシアティブ入社、取締役副社長に。25年4月1日から現職。
会社紹介
【インターネットイニシアティブ】1992年設立。インターネット接続サービス、WANサービスおよびネットワーク関連サービスの提供、ネットワーク・システムの構築・運用保守、通信機器の開発・販売などを手掛ける。2024年3月期の連結売上高は2760億8000万円。連結従業員数は4803人(24年3月31日現在)。