米IBM(アイビーエム)からのスピンオフで誕生した米Kyndryl(キンドリル)は2025年に5年目を迎えた。ほぼ同時期に動き出した日本法人は、経営の基礎固めから運営の安定化というフェーズを経て、いよいよ本格的な成長曲線を描くタイミングに入った。26年4月には日本IBMに31年間勤務していた入澤由典氏が社長に就任。「市場やお客様に『キンドリルの価値』を示す」と述べ、エージェンティックAIなどを活用したインフラ運用の高度化・自動化や、コンサルティング領域の強化などを図り、自社の新たな価値を生み出したいと意気込む。
(取材・文/南雲亮平 写真/大星直輝)
進化に向けた「二つの方向性」
――日本IBMに31年在籍し、その後米Dell Technologies(デル・テクノロジーズ)日本法人を経て、昨年キンドリルジャパンに入社されました。経緯をお聞きかせください。
日本IBMを退職する前の最後の5年間は、キンドリルジャパンの源流となるグローバルテクノロジーサービス事業部に所属していました。退職後も前職で苦楽を共にした仲間とは交流が続いており、キンドリルの状況も耳にしていました。その流れの中で「手伝ってくれないか」と声をかけられました。私ももう60歳を過ぎていたので、茨の道かもしれないと悩みましたが、「最後のひと仕事をしたい」という思いで受けました。入社時には多くの社員から「お帰りなさい」と言われ、とても嬉しかったです。
――どのような役割を期待されていると感じていますか。
キンドリルの基盤は長期契約に基づくアウトソーシングビジネスです。その基盤に付加価値を加えたサービスを提供しています。長期契約は、ある意味で企業同士が結婚するようなものとも言え、日本でビジネスを展開する上では豊富な経験や信頼関係が欠かせません。私は、こうした信頼や経験を補う役割を求められていると感じています。
――発足して5年目を迎えました。これまでの歩みはどう見ていますか。
最初の2年間は独立した会社としての基礎を固め、利益が出る体質をつくるフェーズでした。続く2年間で既存顧客との信頼関係をベースに、安定した運営体制を整えました。5年目以降は、市場やお客様に対して「キンドリルの価値」を本格的に示す段階に入りました。厳しい目で見られることも増えると思いますが、覚悟をもってチャレンジを続けます。
――これまではインフラ運用がコアフィールドでした。5年の間に事業内容が広がった部分はありますか。
インフラ関連のビジネスが主軸であることは今後も変わりません。ただ、これからは二つの方向性で進化させていく必要があります。一つは、ミッションクリティカルなシステム運用を担う立場として、従来の属人的な作業を、テクノロジーを活用した高品質・高効率な運用にシフトさせることです。
具体的には、AIをはじめとする最新技術を積極的に活用し、自動化を推進したいと考えています。人間によるミスなどのリスクを減らすことで品質向上につなげます。将来的にはIT業界全体で労働人口不足が大きな課題になるため、今までと同じ体制での継続や技術継承は難しくなるでしょう。そこで、費用対効果の高いかたちで自動化を実現し、サービスを提供していく方針です。グローバルで蓄積したノウハウの活用も視野に入れています。
もう一つは、インフラの知見を生かしたコンサルティング事業の強化です。もともと大きな会社の中でインフラを運用していた一部門が独立したので、お客様の要望に応えられる経験値と素養はあります。とはいえ、インフラだけの話ではコストと見なされがちなので、お客様と共に成長できるビジネスを目指して、2年ほど前にお客様のIT変革を支援するコンサルティング事業をスタートしました。これまでミッションクリティカル領域の専門家として培ってきたノウハウを生かして、グローバルでは好調に業績を伸ばしています。
仮説を提示する文化を醸成する
――自動化について、生成AI活用が活発ですが、インフラ領域ではどのように貢献していくのでしょうか。
お客様が生成AIを自社で利用したい場合は、当然、インフラサービスを提供します。他方で、私たち自身がお客様の事業に貢献する観点からは、現在エージェンティックAIに注力しています。グローバルでは25年に独自のエージェンティックAIのフレームワークをソリューションとして提供開始しました。すでにお客様の業務プロセスをこのフレームワークでトランスフォーメーションし、イノベーションを実現した事例もあります。
日本でも25年12月に専属組織を立ち上げました。まずは得意領域であるインフラ運用の品質向上のため、当社自らがフル活用し、関与した社員のスキルアップを図るところからスタートしています。今後は既存の製造業に特化したコンサルタントを中心に、グローバルのユースケースと組み合わせてお客様の業務プロセス改善の提案につなげる計画です。
加えて、当社が強みとしてきたメインフレームだけでなく、クラウドやオープンシステムも含めたシステム全体のモダナイゼーションにフレームワークを用いて、お客様が安心して新たなインフラ上にシステムを構築できるようにします。AIによって品質が向上した運用との複合的な組み合わせで、当社独自の付加価値を提供していく方針です。
――コンサルティングは新規分野ですが、どのように臨んでいますか。
属人的なスキルに頼るのではなく、市場で受け入れられやすいソリューションをセット化したオファリングを基軸に提案しようと考えています。基本となるのは、お客様の課題を丁寧にヒアリングし、現状分析や改善案を示してメリットを明確にすることです。ただし、それには一定の経験値が必要で、誰もが簡単にできるわけではありません。分かりやすいユースケースやツールをパッケージとして用意することで、若いメンバーでも自信を持って仮説を提示できるようにし、お客様との対話を深めてより高付加価値な提案につなげるスタイルを目指しています。
――実現に向けては、社内の意識改革も重要になりそうです。
社員には常に挑戦し続けることの重要性を伝えています。インフラ運用に携わるスタッフは真面目で、決められたことを100%成し遂げることに誇りを持っています。素晴らしいことではありますが、現在ではそれは前提であり、それだけでお客様の期待は超えられません。「キンドリルに相談すると面白い提案をしてくれる」と評価していただけるよう「経験がないから分からない」と立ち止まることなく、チームで知恵を出し合い、お客様に仮説を提示する文化を醸成したいと考えています。
日本でのアライアンスを拡大
――国内では金融系を中心に、業務はIBM、インフラはキンドリルという体制が多いようですが、パートナーシップ戦略についてお聞かせください。
IBMが最も重要なパートナーであることは今後も変わらないでしょう。約半数のお客様も引き続きIBMとの連携を希望しています。一方で、IBM製品に限定せずマルチベンダーで最適なソリューションを求める声も強まっています。既にモダナイゼーションやソフトウェア開発をはじめ、ハイパースケーラーなど多様な企業との協業も発表しています。日本におけるアライアンスも積極的に増やしていく方針です。私自身、デル時代にパートナービジネスに携わった経験を生かし、今後も加速していきたいと考えています。
――インフラのモダナイゼーションやリスク対応について、グローバルと比べて日本は準備が遅れているとの指摘があります。日本企業のIT習熟度についてはどうみていますか。
最新技術への関心は強いものの、インフラへの投資や先見性はグローバルと比べると遅れています。背景には、日本独特のボトムアップ型で慎重な意思決定の仕組みがあり、それがスピード感の差につながっています。加えて、IT人材の多くがベンダー側に集中しているため、ユーザー企業はIT導入の検討自体が難しく、社内負担が増す要因になっています。
とはいえ、変化もみられます。従来、新規事業などではインフラの検討は後回しになりがちでしたが、近年はサイバー攻撃や地政学リスクが事業に与える影響が明らかとなり、事業継続の鍵となるインフラへの注目が高まっています。こうした点をカバーしてお客様の事業継続を支えながら、新たな価値創出に繋がる提案を行うことで、信頼される企業となれるよう努めていきます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
企業の事業継続においては、サイバー攻撃や地政学リスクなどと並び、労働人口の減少も大きなリスクになっている。解決策として期待を集めているのがAIだ。入澤社長は「2025年の崖が、AIでほぼ解決された」と述べ「そうでなければ、今頃大変なことになっていたはずだ」と続ける。
一方、日本のIT業界では人月ビジネスが主流で、何人がどのくらいの時間動いたかによって売り上げが決まる構造になっている。労働人口が減り続ける中、成長の限界が見えつつある。長年、成果や価値に対して対価を得る構造への転換が必要だと言われてきたが、商慣習や文化などの壁があり、変化は容易ではない。
そのような状況の中でも、入澤社長は変化に向けて挑戦を続けている。オファリングビジネスの展開もその一つだ。IT運用業務におけるユースケースの体系化はノウハウの継承にもつながる。若手が活躍できる環境の整備は、キンドリルジャパン自身の事業継続にも大きく貢献しそうだ。
プロフィール
入澤由典
(いりさわ よしのり)
1987年に日本IBMに入社。2017年に執行役員グローバル・テクノロジー・サービスエンタープライズ営業本部長に就任。18年に米Dell Technologies(デル・テクノロジーズ)日本法人に入社し、24年に専務執行役員パートナー事業本部長。25年にキンドリルジャパンに入社し、取締役副社長執行役員に就任。26年4月から現職。
会社紹介
【キンドリルジャパン】ITインフラの構築・保守・運用サービスを提供。米国本社は2021年に米IBMのマネージド・インフラストラクチャー・サービス事業を分社化して発足した。日本法人のキンドリルジャパンも21年に事業を開始している。