生成AI市場の主導権争いで存在感を示しているのが、「Gemini」を擁する米Google(グーグル)だ。「TPU」といったチップレベルのインフラからアプリケーションまで自前でカバーし、マルチエージェント時代のプラットフォーマーとしての地位を着実に固めつつある。国内法人向けビジネスを担うグーグル・クラウド・ジャパンの三上智子・日本代表は、企業の業務基盤がAI活用を前提に見直される「リセットの時」を迎えたと強調し、「Google Cloud」がメインプラットフォームとなるための戦略を打ち出す。AIを強力なエンジンに、クラウド勢力図を書き換えられるだろうか。
(取材・文/春菜孝明 撮影/馬場磨貴)
ユニークな経験生かす
――日本マイクロソフトの執行役員から就任しました。経験をどう生かしますか。
お客様やパートナーを含め、事業をエンドツーエンドでリードしてきました。クロスファンクションを扱い、バーティカルに深くエンタープライズの顧客に入り込んだり、新規のビジネスを立ち上げたり、さまざまな経験をしてきたのがユニークだと思います。
当社は前代表の平手智行氏が輝かしいベースをつくってこられました。大きく環境が変わる中で、戦略をさらに加速させる一方、つくり直す部分もあり、そこで私の経験を生かせると感じています。
――ソリューションのポートフォリオをどう整理していますか。
▽インフラ▽開発者体験▽データ▽セキュリティー▽エージェント時代の業務ツール─の大きく五つに分けています。AIがわれわれの強みで、いずれも「powered by AI」と考えていただきたいです。
その入り口として、エージェントプラットフォームの「Gemini Enterprise」があります。「Google Workspace」はもちろん、「ServiceNow」や「Salesforce」など既存のSaaSのデータを取り込んでエージェント同士が会話し、自律的に実行する世界観になっていきます。Gemini Enterpriseはセキュアな状態でエージェント同士を接続し、ユーザーとエージェントもつなぐ存在です。エージェントを開発する際には生成AIモデルの「Gemini」、開発基盤の「Vertex AI」、データウェアハウスの「BigQuery」などを呼び出して有機的に結合することができます。
最終的に全ての業務プロセスがエージェント化され、データやクラウドのあり方は変わり、全部がAIを中心につながっていくでしょう。われわれがパートナー、お客様とともにつくり上げます。
AIで一番を取りたい
――マルチクラウドが当たり前となる中、企業の業務基盤で「Google Cloud」はどのような役割を目指していますか。
AIによる大きなゲームチェンジを通じて、ビジネスプロセスのあり方が大きく変わり、リセットの時を迎えています。AIで事業変革するベストパートナーとして選んでいただけるようになりたいと考えています。一方で、マルチクラウド、マルチベンダー、マルチモデルが当たり前につながる設計なので、お客様のチョイスに寄り添うことも可能です。
AI基盤を提供するベンダーが登場して市場の位置づけは変わっています。(ハイパースケーラー同士が競争する)古い概念では見ていません。AIの時代は、さまざまなパートナーとつながり共生するかたちになりつつあります。私たちは「Agent2Agent(A2A、AIエージェント連携標準化のプロトコル)」をオープンにしていますし、当社の環境ではマルチエージェントを安全に使用し、最先端のモデルにアクセスでき、違うモデルも利用可能です。そうしたフレキシビリティーをお客様に与えられます。このような取り組みを通じてAIで一番を取りたいです。
――グーグルの事業全体における位置づけに変化はありますか。
脇役気味だったGoogle Cloudが主役になっています。日本のお客様を「AI Ready」にするために、(国内で)エージェンティックな世界観を広げる役割を担っています。グーグル全体で見ると、(AI研究開発の)米英を拠点にするGoogle DeepMind(グーグル・ディープマインド)の日本チームや、マーケティングに知見を持つ広告チームがあります。スマートフォンの「Pixel」のようなエッジデバイスを持っているので、ユーザーへの接点やユニークなソリューションもつくりやすいです。決済ツールがあることでエージェンティックコマースもお手伝いしやすいです。このようにグーグルの総力戦で日本をAIファーストのカントリーにすることを目指しています。
――「Gemini Enterprise for Customer Experience (CX)」のような特化型のソリューションは増えますか。
グーグルはコンシューマービジネスに知見があるので、リテール領域でエージェントサービスをつくることができました。CXはコールセンターなどさまざまな用途につながっていきます。こうしたエージェントはサービス化したり、お客様と一緒につくったり、いろいろなかたちでの実装を考えています。
次にフォーカスしているのは「Antigravity」というコーディングのエージェントです。コンシューマー向けには提供を開始していますが、エンタープライズ向けにもセキュアな環境で使えるものを間もなく実装します。機能改善を進め、AI駆動型開発に耐えられるエージェントに仕立てる準備をしています。
――SIの開発基盤として機能するのでしょうか。
はい。日本の市場のユニークな点はITのプロフェッショナル人材のマジョリティーがパートナー側にいることです。(SIの)サービス提供の方法はAIで大きく変わっていきます。日本に合ったかたちでどうお届けできるか、議論をしています。
SIerの皆さんは手を動かすよりも頭脳で勝負する時代になるでしょう。AI駆動で開発し、新しい価値を提供するモデルです。私たちだけでは実現できないので、AI Readyになっているパートナーと一緒にビジネスをつくります。
エコシステム構築を3倍速で
――マルチエージェントによる業務変革はどのように進めるべきなのでしょうか。
会社ごとに異なりますが、AIを使うかどうかで変革の早さや質が大きく変わるのは間違いありません。26年は、業界の「トップノーススター(北極星)ユースケース」をトップ企業とともにつくります。私たちが持っているグローバルのベストプラクティスやホリゾンタルのシナリオ、エージェントのサンプルを生かします。
われわれ自身が変わる必要性も感じています。お客様のビジネスと経営課題を理解し、同じレベル感のプロトコルで会話する、圧倒的なConsultative Selling(コンサル型の販売モデル)を目指します。また、エージェントについてビジョンをお持ちの経営者に対し、クイックインに現物をつくる力も養います。
――エンタープライズを中心に、厳格なセキュリティー要件やデータ主権を備えたソブリンクラウドの需要が高まっています。クラウド事業者としてどう対応しますか。
ソブリンの強みは入社して驚いたことの一つです。ラインアップが充実しており、高いレベルで実現しています。パートナーを通じた取り組みとして、KDDIが1月に稼働を開始した大阪・堺市のデータセンターで、「Gemini on GDC(Google Distributed Cloud)Connected」を利用いただいています。「GDCエアギャップ」はNTTデータとパートナーシップを結んでいます。ソブリンの取り組みはほかのクラウドベンダーより先駆けてきました。社内でもトッププライオリティーとして進めています。
エアギャップは米国防総省でも使われるくらい機微な情報を扱う領域で、一切のインターネット接続を遮断しながらGeminiを利用できます。特殊な用途ですが、敷地内にサーバーラックを設置するなど、情報を外部に出さないことが可能です。Connectedはメンテナンス時には外部につながりますが、ソブリン性を確保しています。ファイナンスやヘルスケア、マニュファクチャリングなどで両方にニーズがあります。
――パートナー戦略について教えてください。
25年は大手SIerとのパートナーエコシステムの基盤をつくりました。26年はAI駆動の仕組みを一緒に整え、AI Readyな人材の育成にも貢献します。エージェンティックな世界を広げるためのサービスをパートナーにつくっていただくことが重要だと考えています。
パートナー戦略は3カ年計画で進めており、1年目(25年)は10年くらいかけて築くエコシステムを1年で実現しました。今後、さらに3倍速のスピード感で進めたいと思っています。
また、SMEを対象にしたスケールビジネスでは、パートナー側が自走してビジネスを回す仕組みを強化します。エンタープライズで培った深みを生かし、よりシステマチックに活動します。
眼光紙背 ~取材を終えて~
着任して最初の仕事は会社のビジョンづくりだった。「何を目的にするか、どんなバリューを大事にしてお客様に貢献し、ビジネスを拡大するか」といった価値観の共有を最優先にした。
リーダーシップ層と2日間の缶詰め作業の末、「AIの力でともに創ろう、ワクワクする日本の未来を。」から始まるビジョンとパーパス、バリューが完成した。外資系企業だからこそ、グローバルと比較してテクノロジーの活用が進まない日本の姿が鮮明に見える。「日本を元気にしたい、子どもが希望を持てる未来をつくりたいなど、共通の思いを持っていた」と、同じ方向を向いていることに手応えを感じている。
メンバーには「泥んこになって、失敗してもいいから前に進んでほしい」という。一人一人の挑戦を後押しして、ビジョンに命を吹き込む。
プロフィール
三上智子
(みかみ ともこ)
2005年、日本マイクロソフトに入社。20年間在籍し、新規事業の立ち上げや中小企業と法人顧客向けのクラウドビジネスを手掛け、米国本社で財務や経営戦略、グローバルパートナーシップなどを担当。直近では執行役員常務およびエンタープライズサービス事業本部長を務めた。25年9月にグーグル・クラウド・ジャパン入社、10月から現職。
会社紹介
【グーグル・クラウド・ジャパン】米Google(グーグル)のクラウドサービスを扱う日本法人として2016年に設立。法人向けクラウド基盤「Google Cloud」、コラボレーションツール「Google Workspace」などを提供。25年10月にAIエージェント基盤「Gemini Enterprise」を発表した。