日本のIT産業は、大きな転換点を迎えている。人口減少やインフレ、AIの台頭などを背景に、約30年間にわたって成り立ってきたIT産業のビジネスモデルが変わりつつある。6月に就任した日本IT団体連盟(IT連盟)の田中邦裕会長は、企業が長く価値を生む「アセット」を積み上げ、AIをビジネスの中枢に据えることが重要になると指摘。経済のブロック化を国産化の商機と捉えるとともに、IT業界の声を束ねて政策提言につなげていく考えだ。
(取材・文/日高彰、山本浩資 撮影/大星直輝)
「IT」だけでは稼げない
──IT連盟の会長を引き受けた経緯を教えてください。
突然連絡が来て、「(次の会長を)やってほしい」と言われました。最初はお断りしたのですが、最終的には「やるしかない」と思いました。私はスタートアップ経営者ですし、IT連盟の構成団体であるソフトウェア協会の会長も務めています。IT業界には通信会社やメーカーなど、さまざまな立場があります。その中で、私が社長を務めるさくらインターネットと同じ業態の会社はほとんどありません。ニュートラルなポジションに見られやすいことも、会長を引き受けた理由の一つでした。
──これまでより広い立場から、日本のIT産業の現状をどう見ていますか。
IT業界は変わるべき状況に来ています。ソフトウェアだけのビジネスなど、これまでと同じ業態では稼ぎにくくなり、3年くらい前から(成長の勢いは)ピークアウトしていると思っています。AIがその理由というより、結果としてAIによって淘汰されていく。AIがなかったとしても、人口は減っていて、インフレにもなっていますから、いずれ同じような状況になったでしょう。
もちろんITがなくなるわけではありません。昔ならサーバーを売る、ソフトウェアを開発することで儲けられました。今はそれらをインテグレーションして、必要とされるかたちに整え、お客様の事業に入り込まないといけない。IT自体で儲けるのではなく、ITが商材の重要なパーツになってきたということです。
この30年はデフレで、物の値段も人の値段も安く、供給制約もあまりありませんでした。お客様もITを今ほど重要視しておらず、自分でリードするより、外部に任せたいという意識が強かった。ベンダー側も、言われた通りにつくり、下請けや孫請けに任せれば良かった。人を採用して働いてもらえば儲かる、労働集約型のビジネスが成り立っていました。
一方、日本はITの導入自体は早く、昔からのIT資産が多い。そのため、新しいテクノロジーに容易に変更できない面もあります。以前はコストダウンを目的にITを導入することが中心でしたが、今はシステムがなければビジネスそのものが成り立たない。お客様自身がデジタルに主体的に関わらざるを得なくなっています。そうした中で、大手ITベンダーはコンサルティングに力を入れています。ただ、コンサルティングはみんなができるビジネスです。10年後にどうなっているのか、という気はします。
これからは、ビジネスを通じてアセットを積み上げることが重要です。ソフトウェア協会の会員企業でも、自社プロダクトを頑張ってつくる会社が増えました。これは良い兆候です。人が動くことで儲けるのではなく、アセットをつくり、そのアセットが稼ぐ。人が動くことで生まれる利益だけでなく、テクノロジーから利益を生み出せるようにすることです。
AI時代こそ専門性が必要
──生成AIの普及によって、この業界で働くエンジニアはどう変わりますか。
最近思うのは、できない人がAIを使うと良くないということです。専門性は大事です。例えば、デザイナーがAIを使って、1時間かかっていた仕事を5分でできるようになれば、ものすごく生産性が上がります。でも、デザインを知らない人がAIを使えばいいものができるかというと、そうではありません。
ソフトウェアも同じです。全く知らない人がAIを使ってシステムをつくっても、きちんと動かないことがあります。「AIを使えばもっと安くできる」と言われることもありますが、専門性を持たない人が専門的な仕事をできるとは思いません。
エンジニアでも、これまで仕様書通りにコピー・アンド・ペーストしてコードを書いていた人は、仕事がなくなるでしょう。一方で、アルゴリズムを考え、どういうシステムにするのかを考える人の仕事はなくならない。できない人ができるようになるというより、できる人がAIを使って生産性を上げていくと思います。
──IT関連の事業を展開する企業は、生成AIと向き合うにあたり何が重要になりますか。
AIをビジネスの中枢に据えることが必要です。プロダクトもAIネイティブではないものがまだ多い。例えば、栄養を管理するソフトではユーザーが食べたものを一つずつ入力していますが、今の生成AIなら自動で認識できるはずです。予定表も一つずつ入力するのではなく、メールの内容を基にAIが予定を登録すればいい。AIネイティブに考えれば、UXは全部変わります。
だからといって、何でも生成AIでやればいいという話でもありません。フロンティアモデルは何でもできますが、用途に特化したアプリケーションのほうが、AIを効率よく使えて、コストも安くできます。既存のプロダクトをAIネイティブに変化させられるかどうかが、企業に求められています。
国産化の波を商機に
──世界で政治的な緊張が高まり、経済のブロック化が進んでいます。日本のIT産業にはどのような影響がありますか。
障壁にも追い風にもなると思います。ブロック化すれば、ソブリニティー(主権)への関心が高まり、「国産でやらなければ」という動きが生まれます。グローバル化の時代なら「安ければいい」と考えられましたが、今はそうではありません。海外製より若干高くても日本製がいい、ということも出てくる。今こそ国産化の波の中で、いかにビジネスチャンスをつかむかという時代です。
中でもクラウドインフラは重要です。例えば、国内でCPUをつくったとしても、海外のクラウド事業者がすぐに買ってくれるとは限りません。一方、国内にクラウド事業者があれば、国産の製品を採用することはできます。国内に買い手がいることで、ものづくりの側にも商いが生まれます。
データセンターも同じで、海外の事業者ならグローバルで設備を調達します。国内にクラウド事業者があれば、日本のメーカーにもビジネスが生まれやすい。エンジニアの就職先という意味でも重要です。クラウドインフラをつくる仕事など、国内で働ける仕事をいかにつくるかというのも、企業の使命です。
ただ、クラウドは大きな先行投資をして、中長期で回収するビジネスです。短期的に利益が減っても、中長期で稼ぐという経営には、アントレプレナーシップが必要になります。IaaSはソフトウェアの要素もありますが、どちらかというと重工長大の装置型ビジネスです。
国内で実績をつくり、その上でグローバルに売っていく。そのためにも、国内にクラウド事業者がもっと出てきてもいい。防衛や警察など、レジリエンスや主権を守らなければならない分野では、国産で取り組んでいく余地があるでしょう。
──IT連盟では、今後どのような活動に力を入れますか。ソフトウェア、通信、販売など、異なる立場の団体を束ねる難しさもあるようにみえます。
やはり政策提言だと思います。各団体からいろいろな政策要望が上がってきます。それをいかに国や政治家の方々に理解していただくかが重要です。それぞれの団体だけではできないことを、IT連盟としてどうやっていくかということだと思います。
IT連盟は個社の集まりではなく、団体の集まりです。ですから、会員団体の意見を集約できるよういかにガバナンスを整えていくかが基本になります。共通する意見もあるでしょうし、両論があるのであれば、それが議論を始めるきっかけになります。
ITは社会の基本インフラです。政治の側でもITに関心を持つ議員が増え、デジタル化や利活用も進んでいます。その路線をしっかりサポートしていくことも重要です。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「アセットを積み上げる」。取材で何度も出てきた言葉が印象に残った。人を動かして稼ぐだけでなく、プロダクトや設備、人材など、長く価値を生むものを残す。その話は100年前の鉄道建設にまで広がった。巨額投資自体の成否ではなく、後に残るインフラや人材こそが重要だという。それは、会社だけでなく個人も同じだ。日々の仕事を通じて何を積み上げられるか。その問いは、多くのIT企業やエンジニアにも向けられているように感じた。
田中会長自身、さくらインターネットで石狩データセンターへの長期投資を進めてきた。15年前に整備したことを「あの時につくっておいてよかった」と振り返る。IT業界にアセットの重要性を説く言葉に、自身の経営の歩みが重なって見えた。
プロフィール
田中邦裕
(たなか くにひろ)
1978年生まれ。舞鶴工業高等専門学校在学中の96年にレンタルサーバー事業を開始し、99年にさくらインターネットを設立。2016年、旧コンピュータソフトウェア協会理事に就任。副会長、ソフトウェア協会筆頭副会長を経て、22年から同協会会長。26年6月、日本IT団体連盟会長に就任。
会社紹介
【日本IT団体連盟】2016年設立。60以上のIT関連団体を束ね、IT産業の発展に向けた政策提言などに取り組む。26年度はAIトランスフォーメーション、セキュリティー強化、デジタル人材の教育・育成を重点要望に設定。国産デジタル社会基盤の整備や生成AIの利活用環境などに関する政策要望をまとめ、各政党に提言している。