井上望さんは、入社して間もない頃、赤字だったEDI(電子データ交換)事業を任されて、怖いもの知らずの新人パワーを発揮して黒字化を果たした。社会に出てからはずっと流通業界向けのIT営業に携わってきて、現在は、小売業者や卸業者にオムニチャネルのソリューションなどを提案する営業部隊を率いている。流通業界はITベンダー間の競争が激しく、営業担当にはスピードと価格設定の腕が求められる。井上さんは、15人の部下を厳しく指導し、必要となれば自らが案件に「入り込み」、受注に結びつけることによって、競争を勝ち抜いている。(構成/ゼンフ ミシャ 写真/長谷川博一)
[語る人]
日立システムズ 井上 望さん
●profile..........井上 望(いのうえ のぞみ)
1989年、大学を卒業後、日本ビジネスコンサルタント(NBC)に入社。小売業向けEDI(電子データ交換)システムの営業を担当する。同年、社名が日立情報システムズに変更され、流通営業の課長を経て、2011年、日立情報システムズと日立電子サービスが合併して日立システムズが設立されたのを機に部長に昇格。現在に至る。
●所属..........産業・流通営業統括本部
第二営業本部
第三営業部
部長
●担当する商材.......... 流通業界向けのITソリューション
●訪問するお客様.......... 小売業者や卸業者
●掲げるミッション.......... 新規顧客の開拓と新規ビジネスの開発
●やり甲斐.......... 厳しい戦いを制して受注したときの達成感
●部下を率いるコツ.......... らくなほうに行かせないこと
●リードする部下.......... 15人
お客様の本音を引き出して次の動きに生かす
スマートフォンと店舗を連携させて販売の活性化につなげるソリューションなど、流通業界はITに関するニーズが旺盛だ。しかし、当社だけでなく、ベンチャー企業や広告代理店も提案活動を展開しており、競合はものすごく多い。さらに、価格面でお客様にフィットしなければ、案件がすぐにNGになるので、営業活動は大変だ。
仕事には、決して「楽しさ」を求めてはいけないと思う。しかし、競争が厳しいからこそ、受注したときの達成感も大きい。部下たちには「常にスピードと価格を意識しなさい」とうるさく言い続けていて、一つでも多くの案件を獲得するように促している。
部下には嫌がられていると思うが、私は商談途中の案件に入り込んで、一緒にお客様を訪問することがある。およそ25年間、この業界を歩んできた身だから、商談で重要な情報を引き出すことには絶対の自信をもっている。とくに20代の部下たちは、お客様との年齢差もあって、先方に聞きにくいことが多いとみている。そんなとき、私が表に出て「この条件なら本当にご注文いただけますか」とはっきりと問いかける。お客様に本音を言ってもらい、次にどう動くべきかに関する有意義な情報を得るようにしている。
私が案件に入り込むことには、もう一つの利点がある。部下が商談の場で「次回まで資料をつくります」と言ったら、私がそばで聞いているので、部下はその約束を必ず守らなければならない。上司が顧客訪問に同行すれば、「一応、資料をつくると言ったけど、先方も忘れているだろう」というような、いい加減でらくなほうに行くことを防ぎ、受注のチャンスを逃すことがないようにすることができる。
競争を勝ち抜くために、部下を厳しく指導することを心がけている。しかし、私は組織のリーダーであって、人間的に偉いわけではないので、部下に対して「キミはダメだ」というような人格否定は一切しない。逆に、案件がたまって、仕事に支障をきたすようになったときには「助けてほしい」とはっきり言ってもらうようにして、徹底的にフォローする。難しいと思うのは、自社の上層部から聞いた人事や事業方針についての“公になっていない情報”をどこまで部下に伝えるべきかという判断だ。私は、情報をなるべく多く共有して部下に会社の本当の状況をわかってもらうことで、「みんなで支えよう」という気持ちにつなげることを基本としている。
悪い話を止めるのではなく、あえて伝えて部下の理解を得るのは、部長の私の責任だと捉えている。
[紙面のつづき]全員会議で知恵を絞り合い、一緒に解決を考える
当社は、10万人以上の社員を抱える巨大な組織。私の部下の数も15人と多いので、メンバー間のコミュニケーションをいかにスムーズに行うかは、私たちマネージャーの腕の見せどころだ。
一番危険なのは、部下が案件で困ったことをシェアせず、自分一人で解決しようとすること。社内の情報共有がうまくいかないために受注を見逃したり、大きなクレームが来たりなど、ビジネスに悪影響が出る。そんなことを防ぐために、月一回、部のメンバー全員が集まって進捗を報告する会議を開いている。
この会議は、数字を確認するだけでなく、各自が案件で困っていることを語り、一緒に解決を考える場にしている。このように話しやすい雰囲気をつくって、部下が「案件がうまくいっていない」と言いやすい環境づくりを心がけている。
若いメンバーにコミュニケーションの重要性を理解させるのは、とくに大切だ。彼らは優秀で、知識も豊富だが、行動力に欠けるのが弱点。例えば、提案中の案件で技術部門との調整が必要なとき、すぐ下の階に担当エンジニアがいて、直接話しに行けばいいのに、メールを送ってしまう。いくら私が「フェイス・トゥ・フェイスで会話したほうが解決が早い」と諭しても、メールですませてしまうことが多い。だからこそ、私は全員会議などの場で、直接コミュニケーションする見本を見せているのだ。こうしてチームで知恵を絞り、解決策を考える土台づくりに力を入れている。

バッグや革製品ブランド「ハンティングワールド」の名刺入れ。「部長に昇格したときに、お祝いとしてお客様に贈っていただいた」そうだ。飾り気のないデザインが気に入って愛用している。