午後3時50分。あと10分で、アラームが鳴る。勉強の時間だ。よし、今日も頑張ろう──。昨年、教育事業を手がける大手企業に、電子教材のITシステムを納入した。市川敬己さんは、能動的に学習の現場に足を運んで、子どもの反応をシステムの開発に生かした。その一つが、子どもたちの勉強へのモチベーションを高める目的で、決まった時刻に「スタート」の合図を出すアラームの仕組みだった。市川さんは、現場で子どもたちの反応を観察してソリューションの実用性を高め、プロジェクトを成功に導いた。(構成/ゼンフ ミシャ 写真/長谷川博一)
市川 敬己(いちかわ ひろき)
複合機の販売会社で直販の営業に携わった後、2006年、富士ソフトに入社。ソリューション提案などを担当する。営業リーダーとして、プロジェクトを統括。現在、28人の部下を率いて、全社の商品の営業推進に取り組んでいる。
ユーザーのニーズを把握してお客様の「こだわり」に対応
私は昨年、ソリューション事業の強化に取り組んでいる当社にとって大きな意味をもつ大がかりなプロジェクトを受注した。その実績を会社が評価してくれて、今年、28人の部下を抱えて全社の商材の拡販を支援する営業推進グループの課長に就任した。自慢めいた話なので少し恥ずかしいけれど、リーダーとしての力を発揮することができた昨年のプロジェクトを振り返りたい。
◆ ◆
プロジェクトは、「子どもたちが勉強を楽しむようになるよう、工夫を凝らした電子教材を提供したい」という教育事業のお客様に、その基盤となるシステムを提案する案件だった。タブレット端末を活用して、子どもに新しいかたちの学習を体験させるサービスをITが支える、という図式だ。私はプロジェクトのリーダーとして、ほかの営業メンバーや技術部隊の力を結集して、お客様の要望にきめ細かく対応する調整役を務めた。
お客様がシステムに使う予算は、当然ながら決まっている。その枠のなかで、いかにお客様のニーズに応えるものを開発するかが、プロジェクトでの一番のチャレンジだった。さらに、子どもたちが「わくわくして勉強する」ために、どんな刺激を与えればいいのか、なかなかイメージが湧かなかったので、お客様に「現場での様子を体験させてください」とお願いして、テスト版を試すときの子どもたちの反応を観察する機会をつくってもらった。
子どもたちは、ソリューションのエンドユーザーだ。実際に彼らの様子を観察してみると、いろいろな発見があった。例えば、アラームの重要性だ。要件定義についての打ち合わせで、お客様からアラームの心理効果についての説明は受けていたが、あまり実感が湧かなかった。ところが、現場で、アラームが鳴るとすぐに端末を手に取って、目を輝かせながら勉強を始める子どもたちを見たとき、「なるほど」と、お客様がアラームの仕組みにこだわる理由がわかった。
お客様がわれわれの提案を受け入れ、発注の決断に至るのは、ほんの小さなことが決め手になることが多い。今回は、まさにアラームの仕組みが決め手の一つになった。アラームは、システムのクリティカルな部分ではないので、開発部隊は軽視しがちだ。しかし、お客様は「アラームが○○秒の長さで、○○の音量で鳴らないと、子どものモチベーションが上がらない」と分析していて、とても重要視していた。現場でそれがわかって、プロジェクトのメンバーに、アラームの開発に力を入れるよう、しつこく指示した。
こうして、ユーザーである子どもたちの目線で開発を進めてお客様の心をつかみ、受注に導いた。このプロジェクトで、私は「視点」が大切だということを学んだ。これを生かして、利用者がどんなニーズを抱えているかを現場で把握し、営業リーダーとしてソリューション事業を拡大していきたい。
私の営業方針を表す漢字は……「一」
決まったかたちがない「ソリューション」の提案を成功させるには、ベンダーとお客様が一体になって、活用シーンを考えることが大切だ。お客様は、ITを使ってサービスを提供し、そのサービスの利用者のメリットを重んじる。一方、ベンダー側の開発部隊は「仕組みをつくる」ことに集中するので、現場のニーズとシステムの仕様のずれが発生しやすい。私たち営業のミッションは、両者のずれをなくすよう、調整することだ。今後も、お客様といっしょに最適なソリューションを「一」からつくり上げたい。