最後まで生き延びた者が天下を取る──。1600年、戦国乱世を終息させた関ヶ原の戦いで勝利を収めたのは、最後まで生き抜いた徳川家康。武田信玄、上杉謙信、織田信長、豊臣秀吉、前田利家……。名立たる戦国武将はみな、太平の世へとつなぐ引き立て役に過ぎなかったのかもしれない。
『週刊BCN』が1600号を迎えた。ここ数年、紙面を賑わしてきたクラウドとビッグデータ、ソーシャル、モバイルは、間違いなく殿堂入りとなる主役キーワードとして君臨してきた。現時点においても、その地位はゆるぎない。ただし、時代の流れは必ず変わる。
今年の上半期は、IoT(Internet of Things)が注目キーワードとして急上昇した。IoTは1999年から使われ始めたとされるほど古参のキーワードである。だが、今年になって多くのSIerが「IoT事業部」を立ち上げるなど、システム開発とIoTという組み合わせが、ビジネスとして成立しつつあることから、今年になって注目されるようになったのではないか。
本紙では、IoTにおけるSIerの取り組みとして、「SIoT」(System Integration of Things)を特集した。IoT基盤を提供する注目のベンチャー企業が登場したのも今年だ。コンセプトから事業へと動き出したという点で、2015年はSI業界におけるIoT元年といってもいいだろう。
ところが、である。IoTがいくら注目されても、エンタープライズITの視点では一部のトレンドに過ぎない。重要なキーワードだが、IT業界全体を動かすような本命キーワードにはならないだろう。そう思わせてくれるのが、今年の後半から台頭し始めた人工知能(AI)だ。ITの分野では最も古いキーワードの一つともいえる人工知能だが、「Enterprise AI」として、エンタープライズITの世界に変革をもたらし、この先の太平の世を導こうとしている。
人工知能の戦国時代
ではなぜ、人工知能が注目すべきキーワードなのか。理由はこうだ。
電算化やシステム化、IT化などの歴史は、効率化や省力化の追求の歴史でもある。ビジネス戦略を実現するためのITという見方もあるが、ITはビジネスにおける道具にすぎず、結局は効率化や省力化の追求へとつながっていく。そしてITは、ハードウェアやソフトウェア、ネットワークなどを進化させ、効率化や省力化のさまざまな要求に応えてきた。
しかし、効率化や省力化の追求は、いずれ限界がくる。どんなにハードウェアが進化しても、オペレーションする人間の能力が追いつかなくなるからだ。この問題を解決するのが、企業向けの人工知能(Enterprise AI)というわけである。
IoTで収集したデータは予測が難しいビッグデータとなるため、クラウドに格納する。そのデータを活用するのは、人工知能だ。ここ数年賑わせてきたITの重要キーワードも、人工知能へと行きつくのである。
ただ、いくら人工知能が対応してきても、SIerに求められるのは情報システムの構築である。人工知能を開発する必要はない。情報システムの部品として活用すればいいだけのこと。これまでの情報システムに人工知能をいかに適用すべきか。SIerに求められるのはそれだけだ。そして、SIerはAIerとなる。
セキュリティリスクとの戦い
いよいよマイナンバー(社会保障・税番号)制度が動き出す。住基ネット(住民基本台帳ネットワーク)では表に出ることのなかった住基番号だが、マイナンバーはマイナンバーカードに表記されているなど、住所や氏名と同クラスの公開情報だということができる。
公的機関や企業には鉄壁のセキュリティ対策が求められるものの、公開情報である以上、いずれどこかで集められてしまう。不正にマイナンバーを収集した者は罰せられることになっているが、どこまで効果があるのか。一部では、東京五輪が開催される2020年には、ほとんどのマイナンバーが集約されると、まことしやかに語られている。
いたずらに危機を煽る必要はないが、人工知能の進歩がマイナンバーを守ることに使われることがあれば、逆もあり得る。マイナンバーに限ったことではなく、あらゆるリスク管理に影響してくる。便利になる以上、この戦いを避けることはできない。冬の陣、夏の陣へ。人類の知恵が試される。
人工知能が人間の能力を超えるのは、2045年だという。まだまだ先は長い。ただ、2045年を待つことなく、人工知能はあらゆるビジネスシーンで使われることになるだろう。果たして、人工知能はIT業界に太平の世をもたらすのか。AIerは天下を取れるのか。編集部の取材もまだ始まったばかりだ。
『週刊BCN』編集長 畔上文昭
略歴
畔上 文昭(あぜがみ ふみあき)

1967年9月生まれ。金融系システムエンジニアを約7年務めて、出版業界に。月刊ITセレクト(中央公論新社発行)、月刊e・Gov(IDGジャパン発行)、月刊CIO Magazine(IDGジャパン発行)の編集長を歴任。2015年2月より現職。著書に「電子自治体の○と×」(技報堂出版)。趣味はマラソン。自己ベストは、3時間12分31秒(2014年12月)。