デジタル化とは、「情報を抽象化、オブジェクトとして定義し、相互に共有する方法」と定義することができる。経済活動のツールである「通貨」は、最も身近なデジタルオブジェクトであろう。通貨は、いろいろなモノやサービスの価値を数値で表現し、等価交換を可能にしている。
通貨は、モノやサービスの移動時に利用される共通のオブジェクトであり、商取引を行うための媒体に過ぎないため、このオブジェクトが実空間に存在するモノやサービスの総量である必要はない。
「金本位制」が崩壊したとき、通貨は単なる数値、デジタルオブジェクトになった。実際に物理的な通貨を利用しなくても、デジタル空間だけで、仮想的な取引を行い、必要であれば最後に 物理的実態としての通貨の移動を行えばよいことが再認識された。これがオンラインでの商取引である。デジタル技術によって「いろいろなものをコンピュータで処理可能な数値の信号にして表現すること」が加速することになった状況において、物理実体としての「通貨」の存在は必須なのであろうか? 少なくとも、商取引に関しては、物理実体としての「通貨」は必須ではく、「通貨」はデジタルオブジェクトであるので、完全にサイバー空間で、商取引と価値の管理は可能になる。これまで、物理空間(実空間)での活動を、サイバー空間が支援するという体系は完全に覆り、サイバーファーストの体系に変わることができる。
商取引や価値の評価がサイバー空間でデジタル的に実行されるようになると、誰から誰に、何の目的で、いくらで取引されたかという情報が、オンラインに記録・保存が可能になる。これまで禁止されていた「貨幣への落書き」が、ほぼ無限に可能になったと捉えることができる。 企業活動に例えれば、BS(バランスシート)、PL(損益)、CF(キャッシュフロー)の情報がすべてオンライン化され、コンピュータによって管理・分析が可能な状態になるのである。このようなインフラによって、会社や事業部、さらには個人の信用度を、解析・評価することが可能になる。これが、ビットコインに代表される仮想通貨の本質であり、ポイントカード(ICカード)、さらには、SNSを用いたペイメント機能であり、これを実現する技術の一つがブロックチェーンであると捉えることができる。
東京大学大学院 情報理工学系研究科 教授 江﨑 浩

江崎 浩(えさき ひろし)
1963年生まれ、福岡県出身。1987年、九州大学工学研究科電子工学専攻修士課程修了。同年4月、東芝に入社し、ATMネットワーク制御技術の研究に従事。98年10月、東京大学大型計算機センター助教授、2005年4月より現職。WIDEプロジェクト代表。東大グリーンICTプロジェクト代表、MPLS JAPAN代表、IPv6普及・高度化推進協議会専務理事、JPNIC副理事長などを務める。