IT業界内で新型コロナ禍前の市場を席捲していたキーワードと言えば、まず思い浮かぶのは「2025年の崖」。2018年に経済産業省が発表した「DXレポート」で指摘された。日本の社会的課題として至極真っ当なテーマ設定のはずだが、非IT企業にその深刻さやDXの重要性がどれくらい伝わったのか、疑問符も付く。DXという言葉そのものも、本来、市場競争力を持続的に向上させられる企業文化や組織体質に生まれ変わるという経営上の課題であるにもかかわらず、ITビジネスのほとんどあらゆる場面で濫用されたが故に本質が置き去りにされたまま定着しつつある。

 そうした危惧は識者や経産省にしても同様だったようだ。DXレポートのアップデートに向けた議論を20年に本格化させ、「DXレポート2(中間とりまとめ)」を20年末に、この8月末にはその追補版として「DXレポート2.1」を発表した。

 DXレポート2.1では、既存の産業構造におけるユーザーとITベンダーの関係を「低位安定」だと指摘する。ユーザーはベンダー丸投げで目先のコスト削減を図り、ベンダー側は“労働量”の対価をもらう人月単価方式と多重下請け構造をベースに仕事を受託し、低利益だが低リスクで、ある程度の期間安定したビジネスが可能になる。言い得て妙だ。

 IT業界のビジネスパーソンで、この構図に将来性を感じる人は少ないだろう。DXレポート2.1でも、低位安定の関係では、ユーザーもベンダーも、デジタル競争の敗者になるのは免れないと結論付けている。しかし、ITベンダーと低位安定の関係だったとしても、現時点では市場で高い競争力を発揮できているユーザー企業は多数存在する。先がないのにこの瞬間はWin-Winにも見えてしまうため、将来的な課題を覆い隠してしまう可能性がある。それが低位安定の恐ろしさだ。

 事業環境が変わり続ける中でも競争力を保持し続けるためにはどうするべきかがDXの本質だ。低位安定の罠を乗り越えるべく一歩を踏み出し、新たな協業関係を築く意思が、ITベンダーにもユーザーにも問われている。

 DXレポート2.1では、これまで議論が遅れていたSMBのDX推進についても言及。今年度中に中小企業向けDX推進資料を策定することや、リファレンスとなるシナリオの作成を進めることを明らかにした。面的な社会変革が進む一つの契機になることを期待したい。

 
週刊BCN 編集長 本多 和幸
本多 和幸(ほんだ かずゆき)
 1979年6月生まれ。山形県酒田市出身。2003年、早稲田大学第一文学部文学科中国文学専修卒業。同年、水インフラの専門紙である水道産業新聞社に入社。中央官庁担当記者、産業界担当キャップなどを経て、13年、BCNに。業務アプリケーション領域を中心に担当。18年1月より現職。