視点

「完全暗号」技術をアジアに伝授するサイファ・コア

2025/09/10 09:00

週刊BCN 2025年09月08日vol.2074掲載

 暗号技術のサイファ・コア(東京都港区、中村宇利社長)とバングラデシュのベンチャー企業CCL(ダッカ市、ネハル・ハッサン社長)による2000万ドルの投資に関する覚書が5月30日、締結された。一見なんでもない日本企業のアジア投資のように映るが、この覚書にはバングラデシュ暫定政権のムハンマド・ユヌス最高顧問(同国の貧困層向けに無担保融資を行うグラミン銀行を設置し、2006年にノーベル平和賞受賞した社会起業家)が立ち会っていた。

 この事業は日本企業の単なるアジア投資ではなく、サイファ・コアが「完全暗号」と呼ぶ、量子耐性を備えた暗号技術を用いるデジタル通貨の実験事業など、デジタルインフラの基盤整備事業なのだ。この完全暗号技術が必要とされたきっかけは、量子コンピューター技術とAIの出現である。この新たな技術の登場で、現在のほとんどの暗号はたちまち解読されるようになる。今のセキュリティーの根幹をなすアーキテクチャーの意味がなくなるのだ。

 現在のシステムで使用される電力使用量の問題もある。決済のたびに中央に報告する、本社経理部帳簿管理型とも言えるシステムは膨大に電力を使用し、処理に時間を要する。今後、各国でデジタル通貨やキャッシュレス決済をフル活用する経済社会になると、人口3000万人がほぼ限界で、これ以上はAIなどの需要もあり電力網自体がパンクする。デジタル通貨、キャッシュレス社会というのは膨大な電力使用を背景に成り立っている。

 これらを解決し、われわれが財布の現金で支払うかのようにできる仕組みが、従来の「計算量的安全性」から発想を転換した「情報理論的安全性」に基づく完全暗号技術だという。まさに画期的な技術である。

 同社の尾立源幸・取締役COOは、「さすがにGoogeをはじめGAFAなどの首脳は量子コンピューティング技術とAIの出現で発生したデジタル経済の危機を共有しているが、この状況は“オオカミ少年”の話のごとく、一般的にはなかなか理解してもらえない。しかし、デジタルインフラ基盤の脆弱なアジア各国はそうではない。そこで、当社はバングラデシュから着手し、6月には合弁事業でベトナムでも同様の事業をスタートした。今後次々とアジア展開し彼らを支援していく」と抱負を語る。

 
アジアビジネス探索者 増田辰弘
増田 辰弘(ますだ たつひろ)
 1947年9月生まれ。島根県出身。72年、法政大学法学部卒業。73年、神奈川県入庁、産業政策課、工業貿易課主幹など産業振興用務を行う。01年より産能大学経営学部教授、05年、法政大学大学院客員教授を経て、現在、法政大学経営革新フォーラム事務局長、15年NPO法人アジア起業家村推進機構アジア経営戦略研究所長。「日本人にマネできないアジア企業の成功モデル」(日刊工業新聞社)など多数の著書がある。
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