視点

生成AI時代の知の価値

2025/10/29 09:00

週刊BCN 2025年10月27日vol.2080掲載

 先日、総合地球環境学研究所の山極壽一先生とご一緒する機会があった。車中で動物としてのヒトの特性についてゴリラと比較して、いろいろと話を伺うことができた。

 「知る」という行為による知識獲得はゴリラもヒトも変わらない。では、生成AIの登場は人間が「知る」という行為の意味をどう変えようとしているのだろうか。

 かつて知識は、それを多く所有し、迅速に引き出せる人にとって優位性の源泉であった。私のような大学教授はその典型である。IT業界でも、プログラミング言語の文法やアルゴリズムを熟知していること自体が高い評価につながった。しかし、今は生成AIは膨大なソースコードや設計書を瞬時に参照し、最適解に近いコードを提示する。このように「知っていること」の価値は相対的に低下している。

 この変化は単なる利便性向上ではなく、知識の位置付けを根本から変えているのではないだろうか。今後求められるのは、AIが提示したコードや設計をそのまま採用することではなく、妥当性や安全性を評価し、実運用に適したかたちへと昇華させる力である。つまり「知のストック」よりも「知の活用と行動」に重きが移っているのだ。

 システムアーキテクチャーの設計を例に取れば、サービス仕様や構成パターンを全て記憶している必要はない。むしろ生成AIに候補を出させ、その中からセキュリティー要件やコスト、将来の拡張性を踏まえて最適解を選ぶ判断力が重要となる。同様に、データ分析の現場でも、統計手法を逐一暗記しているか否かより、AIを活用して新しい仮説を立て、社会やビジネスにインパクトを与える洞察へと導く行動のほうが価値を持つ。

 もっとも、知識が不要になるわけではない。AIが提示するコードや分析結果をうのみにすれば、脆弱性や誤った解釈につながる危険性がある。基礎的な情報リテラシーやアルゴリズムの理解は、判断のための羅針盤として不可欠である。AIの生成物を批判的に吟味できるのは、人が持つ基礎知識と価値観にほかならない。

 生成AIの進化は「知っていること」の価値を低下させる一方で、「どう行動するか」の重要性を飛躍的に高めている。AIと共に未来を設計する時代、ヒトはもはや単なる知識の保管庫ではなく、知を実践に移す主体として新たな役割を担うという変化に気づいて対処することが重要だ。

 
サイバー大学 IT総合学部教授 勝 眞一郎
勝 眞一郎(かつ しんいちろう)
 1964年生まれ。奄美大島出身。中央大学大学院経済学研究科博士前期課程修了(経済学修士)。ヤンマーにおいて情報システム、経営企画、物流管理、開発設計など製造業業務全般を担当。2007年よりサイバー大学IT総合学部准教授、12年より現職。2025年より鹿児島大学大学院理工学研究科特任教授。総務省地域情報化アドバイザー、鹿児島県DX推進アドバイザー。「カレーで学ぶプロジェクトマネジメント」(デザインエッグ社)などの著書がある。
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