都内の各地に“革ジャン旋風”が吹き荒れていた。7月15日、トレードマークとなっている黒のレザージャケットに身を包んで来日した米NVIDIA(エヌビディア)のジェンスン・フアンCEOは、秋葉原のゲームセンターでセガの関係者と旧交を温めたかと思えば、夜には神田の居酒屋で取引先との盛大な飲み会を開き、翌16日にはフィジカルAIに関わる企業や日本政府との大型の連携を相次いで発表した(3面参照)。経済メディアはこぞって動向に密着し、一挙手一投足を報じた。GPUにもAIにも興味がない人たちに対しても、「革ジャンを着たあの社長はすごい人らしい」ということは十分伝わったのではないか。
今でこそ、テック業界で「革ジャン」と言えばフアンCEOの代名詞となっているが、同氏が人前に出る時の服装をレザージャケットに固定したのは2015年ごろからで、そんなに昔のことではない。この時期、エヌビディアの発表会で最も頻繁に登場するキーワードは「ディープラーニング」で、まさに同社がグラフィックスからAIの会社へ進化するタイミングだった。一般消費者からはむしろ縁遠い市場へ軸足を移す段階で、トップ自らがエンターテイナーのように自身のキャラクターを売り込み、企業のアイコンになっていったというのは興味深い。
エヌビディアは、紛れもなくAI市場の支配者である。GPU製品の価格や供給状況を見る限り、かつてブラウザー市場の独占で訴訟にもなった2000年前後の米Microsoft(マイクロソフト)などよりも、市場に対して強い力を持っていると言えるかもしれない。さらにはフィジカルAI技術をもって、サイバー空間を飛び出し現実空間を支配する力さえ持ち得る企業である。
フアンCEOは今回の来日中、テクノロジーの進化における日本企業のこれまでの貢献を賞賛し、「日本なくしてエヌビディアなし」とのメッセージを繰り返した。もちろん、日本に対する親しみは本物だろう。ただ、圧倒的な競争力を持つ企業ほど、社会から「敵」と見なされた瞬間、大きな逆風を招く。庶民的な居酒屋に現れたフアンCEOの革ジャン姿は、世界中の人々から「支配者」ではなく「応援したい会社」と思ってもらえることも、現代のテック企業に求められる競争力の一つだということを教えてくれる。
週刊BCN 編集長 日高 彰

日高 彰(ひだか あきら)
1979年生まれ。愛知県名古屋市出身。PC情報誌のWebサイトで編集者を務めた後、独立しフリーランス記者となり、IT、エレクトロニクス、通信などの領域で取材・執筆活動を行う。2015年にBCNへ入社し、「週刊BCN」記者、リテールメディア(現「BCN+R」)記者を務める。本紙副編集長を経て、25年1月から現職。