企業にとって重要な顧客接点の一つがカスタマーサポートだ。米Zendesk(ゼンデスク)は、統合型のソリューションでCX(顧客体験)の向上を支援し、AIによる機能強化もビジネス成長を後押ししている。一方で、国内では顧客対応を人手に頼っている企業もまだまだ少なくはない。新たに日本法人のトップに就任した森太郎社長は、「問い合わせをする人も受ける人も笑顔になることを目指したい」と、パートナーと共により多くの企業へソリューションの導入を目指していく考えだ。
(取材・文/堀 茜 写真/大星直輝)
高度な顧客対応が求められる日本
――社長に就いた経緯を教えてください。
前職でHRテックや人事ソリューションの事業責任者をしていました。SaaSビジネスについて経験を積む中で、CRSやウェルビーイングに関わる活動にも携わりました。
日本では、カスタマーサポートは人海戦術でやっている企業もまだまだ多いのが現状です。日本市場でゼンデスクが成長する可能性は大きいと感じており、ビジネスをグロースさせる点にも魅力がありました。人に関わるビジネスとして自分の経験が生かせますし、マネジメント業務の運営面でも期待されています。
――日本法人のビジネス概況を教えてください。
日本で約3000社の顧客基盤を有しています。2024年からの1年間は、新規売り上げ、トータルのサブスクリプションの収益はいずれも前年比二桁成長でした。国内のお客様からは、製品の使いやすさや業務が最適化されROIに優れているとの評価を得ています。お客様は製造業や流通業などが多く、通信や金融、官公庁などの事例もあります。企業規模は5ユーザーの小規模から大企業まで幅広く導入実績があります。CXソリューションを使ってみたいというニーズは高まっています。
国内においては、2段階で当社のソリューションを活用いただきたいと考えています。まずは、統合型のCXソリューションを通じて、表計算ソフトや紙で運用している現場をデジタル化することです。その先に、カスタマーサポートを最適化・高度化するためにAIを利用する。当社はCXのリーディングカンパニーとして、最新のソリューションをより多くの日本企業にお届けしていきたいです。
――日本のカスタマーサポートの課題をどうみていますか。
グローバルと比較して日本では、お客様からのカスタマーサポートに対する要求度合いが特に高くなっています。海外では、多国籍・多人種ということもあり、窓口がWebだけでも、サービスレベルがそれほど高くなくても、許容される場面がありますが、日本では敬語の使い方や日本語の言い回しまで含めて、よりきめ細やかな「おもてなし」が求められます。かゆいところに手が届くようなサポートを求めるという日本独自の土壌があり、電話で個別に対応するのがスタンダードとなる中、「カスタマーハラスメント」という言葉も耳にします。その結果、現場に疲弊感が増し、オペレーターの採用難が生じています。
これまで、多くの企業ではマーケティングや営業に最初に目が行き、カスタマーサポートやコンタクトセンターは社内での優先順位が高くなかったという側面があります。しかし、顧客とのやり取りでトラブルがあると“炎上”してしまうようなケースもあり、企業にとってはリスクが大きい。顧客と企業の重要な接点がカスタマーサポートで、ここのやり方次第で顧客満足度が大きく変わるため、重視する企業が増えています。
業務特化のAIを搭載
――製品の特徴や優位性を教えてください。
カスタマーサポートはメール、チャット、電話など複数のチャネルがありますが、若い世代はすぐ回答が欲しいのでチャットを望む傾向が強いようです。一方、年齢層が上がると、電話で人が対応するオペレーションになることが多い。当社はオムニチャネルで、FAQやチャットボット、お客様とやり取りした内容の分析ツールなど必要な機能をすべて包含したプラットフォームでCXの向上を支援しています。音声ソリューションプロバイダーの買収によって音声チャネルの機能を強化し、10月には日本でも「Zendesk Contact Center」の提供を開始しました。大規模なコンタクトセンターにも対応できる製品で、エンタープライズの顧客獲得を目指しています。
――AIによる機能強化も進めていますね。
CXの業務プロセスに合わせて、AIが最適化されてすぐ動く状態で提供しています。業務特化されたAIが搭載されているのは強みの一つです。顧客とのやり取りがログとして当社のデータベースに蓄積され、それを自動解析しながらAIが回答を出すので、使えば使うほど正しくチューニングされていきます。顧客から問い合わせがあった時の対応マニュアルを、エージェントAIが自動で作成し、スキルが浅いオペレーターに対して、会話の中から判断して次のアクションを補佐します。
AIがオペレーターを補佐することで作業効率が高まるので、人員をより複雑な業務に当てることができるようになります。顧客接点を担当する人材は、製品や業務を深く理解し、顧客への適切な応対ノウハウを持っています。VOC(顧客の声)を新規事業や製品開発に生かそうという時には、顧客対応をしてきたメンバーのナレッジを活用したほうが良いはずですが、あまり実現できていない。これまでコストセンターと見られることが多かったコンタクトセンターを、利益創出に貢献する事業部門に変えたい。人員を減らしたり、AIがすべてをカバーしたりということではありません。CXにおいて、人とAIの協業のバランスを当社が提供していきます。
パートナー経由の販売を拡大
――販売パートナーの現状を教えてください。
国内には23社あり、多くはSIerです。BPOに強い会社や特定の業界向けソリューションを持っている企業もあります。9月には新たに日立ソリューションズと販売代理店契約を締結しました。同社は元々、Zendeskで顧客対応を運用しており、自社で蓄積したノウハウを外販したいということでパートナー契約に至りました。当社のプラットフォームを活用して、すでに効果が出ている業務ソリューションを構築いただいており、日立ソリューションズがリーチする大手の顧客や公共案件をご一緒したいと考えています。今後は既存パートナーとの関係強化に加え、エンタープライズに強いSIerやコンサルティング企業を数社増やしていく方針です。
――今後の販売戦略はどのように考えていますか。
現状は、半分以上が直販ですが、ビジネス成長を目指す上では再販の割合を高めて、半々程度にしていきたいです。パートナーには、ライセンスの販売だけでなく、構築や保守運用も担っていただいており、当社もエンドツーエンドで支援しています。当社は認証制度に非常に力を入れており、AIやAIコンサルタントの認証を積極的に取っていただいています。お客様の導入支援をしていただき、実績ができたらそれを基に次のお客様を獲得してもらうというかたちで、循環できればと考えています。
――フォーカスする企業規模や業種・業界はありますか。
業種・業界は、顧客接点があるすべての企業が対象です。規模では大企業、中堅、中小のすべてで成長を目指しますが、あえて言えば大企業へのフォーカスを強めています。パートナーとは大企業のホワイトスペースを狙い、AIの価値を届ける部分でも協力したいところです。
中堅・中小企業に対しては、ディストリビューター経由での販売も検討すべきでしょう。現状とは違う座組で、導入しやすいパッケージ製品を投入するなど、市場の活性化に向けた次のステージも見据えています。
――今後の目標をお聞かせください。
二桁成長の継続を目指します。26年には22年の倍ほどのビジネス規模が目標です。CXがコアになりますが、EXのビジネスも全体の2割ほどを占めます。人手不足が深刻になる中、従業員を企業にとっての”お客様”ととらえ、働きやすさ、働きがいの向上を支える製品もさらに広めていきます。
顧客対応は、人間と相対します。お客様に一番近い場所にいる顧客対応に従事する人たちを、当社のソリューションやAIでサポートし、働く人もお客様もハッピーになるような世界観を目指しています。日本市場で多くの企業にZendeskを使っていただき、困りごとを気持ちよく解決して、みんなが笑顔になるような良い循環を生み出していきたいですね。
眼光紙背 ~取材を終えて~
Zendeskの社名は、日本語の「禅」が由来になっている。清らかな場所で落ち着いて仕事ができるよう支援するという思いを込めている。
森社長は入社前、プライベートで保険会社とやり取りし、電話でスムーズに問題が解決した。そこにZendeskのソリューションが使われていたという。CXが向上し顧客満足度が高まると、企業価値が高まることを体感したと振り返る。
同社は米国以外では唯一、日本に自社のデータセンターを2カ所保有しており、日本でのビジネス成長に対する期待は大きい。日本法人はAIに特化した専門職のメンバーなどを採用し、2025年は人員を30%増強した。製品のローカライゼーションも強化している。森社長は「ここからもう一度ブレイクスルーしたい」と力を込める。
プロフィール
森 太郎
(もり たろう)
立命館大学理工学部卒業。1995年、新卒で日本総合研究所に入社し、営業を担当。2008年、日本オラクルに入社。11年、サクセスファクターズジャパンに転職。15年、独SAP(エスエーピー)による買収に伴ってSAPジャパンへ。22年、バイスプレジデント人事・人財ソリューション事業本部長に就任。25年7月から現職。
会社紹介
【Zendesk】米Zendesk(ゼンデスク)は2007年デンマークで創業、現在の本社は米サンフランシスコ。オムニチャネル対応の問い合わせ管理など、統合型カスタマーサービスソリューションをSaaSで展開している。日本法人は13年設立。社員数は約90人。