旅の蜃気楼

心がじわっと温まった中国の一人旅

2011/01/13 15:38

週刊BCN 2011年01月10日vol.1365掲載

【北京発】人の親切が身にしみる時がある。北京南駅から青島駅まで、自分で列車の切符を買って、一人旅をした時のことだ。料金は2等軟座で275元。座席の状態はなかなかいい。だが、疲れた。立ち席承知の切符だったからだ。およそ6時間の長旅のうち、3時間を立ち席で通した。乗車前日に切符を買ったのだが、それしかなかったのだ。

▼本当は、中国語がよく分からなくて、買う時に気がつかなかっただけの話だ。指定席番号がないのを不思議に思ったが、切符を買えた喜びのほうが大きくて、疑問は頭からすっ飛んでしまった。翌日、乗車して初めて気づいた。車内は混んでいる。通路で座席の横にもたれて、アルパインの沓沢虔太郎さんが著した『日中合作』を読んだ。周囲の人は好奇心混じりの目で私を見るが、疎外感はない。

▼列車が速度を落とし始めた。どこかの駅に着くようだ。たくさんの人が降りる。そのうちの女性の一人が私の腕を引いて、「自分の席が空くから座りなさい」と身ぶりで誘導してくれた。心がじわっと温まった。この時と同じ感情を抱いたことがある。1985年に初めて中国を訪ねた時だ。天津市で政府、工場の幹部の方との会合をもった。

▼その時の名刺を数えると、26枚ある。数人の方は記憶に残っている。電子計算機工場の副工場長の関立軍さんは、当時の私と同じ36歳で、子どもの年齢も同じくらいだった。いつか再会しようと約束した。滞在中の通訳をしてもらった女性は20代後半だった。天津駅まで送ってもらい、別れ際に白猫の絵のある『清涼油』と書いた小さな赤い缶の塗り薬をもらった。後で蓋を開けてみると半分使いかけだ。今も事務所の引き出しに入っている。沓沢さんはいう。信頼とは信じ続けることだ、と。2011年、今年も異文化の隣人としっかりつき合ってゆく。(BCN社長・奥田喜久男)

青島に向かう列車の車中で笑顔がとても可愛い子どもをパチリ。軟座は座り心地がよかった
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