旅の蜃気楼

智慧の源泉を訪ねる

2011/02/24 15:38

週刊BCN 2011年02月21日vol.1371掲載

【台湾発】濁水渓を見たいと思って台湾を旅した。『濁水渓』とは、日本統治時代の日台の関わりを書かせたら、他の作家では紡ぎ出せない深みをもつ作家、邱永漢氏の作品だ。1955年、『香港』で直木賞を受賞する前年の作品だ。わたし自身は、日本人と中国人の将来に渡る関わりを推し量るうえで、『濁水渓』のほうに強く心をひかれる。邱永漢氏は1924年生まれだから、今年87歳。昨年10月に10日間、中国の旅をご一緒した。この時に交わした議論に感銘して、氏の生まれ故郷を旅しようと思い立った。

▼台湾は南北に長い山脈が走る。その中ほどを、東から西の台湾海峡に向けて流れる川がある。これが濁水渓だ。3000mの山が200以上連なる山脈から流れ落ちる水は、いつも濁っている。しかし、それが時に澄み渡ることがある。その時に、何かが起こる。日本統治下での敗戦、それに続く国民党の台湾支配。何かが起きた。国家とは、そして自分の存在とは何を意味するのか。国がくるくると変わるなかで、深い疑問が次々と生まれた。それも生死の間での疑問だ。解を出す以前に生存への逃避行が始まる。行き着いた先が、香港だ。直木賞の『香港』は、その体験から生まれた私小説だ。

▼BCNは、昨年から取材領域を日中韓の東アジアに拡げた。中国行きの回を重ねるごとに、中国の印象が変わる。異なる人に会うたびに異なった中国観が芽生える。中国とは関わりを持ちたくない人、すでに持っている人、傍観している人、さまざまな人がいる。正しい回答はあるのだろうか。邱永漢氏は言った。「日本は土俵を拡げるべきです。私は17年前に書きました」。その言葉で、自社の方針に自信を得た。以来、邱永漢氏の智慧の源泉を求めて書籍を読み、故郷を訪ねた次第だ。百聞は一見にしかずだった。(BCN社長・奥田喜久男)

有名な台南の夜市。人、人、人。楽しそうな笑顔の人のうねり。ここが現代の濁水渓だ
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