北斗七星

北斗七星 2011年4月25日付 Vol.1380

2011/04/28 15:38

週刊BCN 2011年04月25日vol.1380掲載

▼仙台市郊外の若林区霞目に、浪分(なみわけ)神社という5坪ほどの古い社がある。地元では、東日本大震災で一躍脚光を浴びている。慶長三陸津波(1611年12月)で、この神社のある所まで津波が到達し、「浪が二手に分かれた」との言い伝えがある。

▼東日本大震災では、海岸線から高台に建設された東部道路にまで津波が押し寄せた。この道路がなければ、浪分神社まで到達していただろう。2000年以上も昔の先人が示した「ここから海までは家を建てるな」の戒めが、忘れ去られていたことが悔やまれる。

▼町全体が壊滅状態の宮城県南三陸町。1960年のチリ地震で受けた津波の高さを示す立て札が町中に見られる。大津波が襲ってくることを最後まで防災無線で叫び続けた町職員が亡くなった防災対策庁舎前では、「2.8mまでの高さに津波が来ました」の看板が横倒しになっていた。

▼今回の大震災では、地殻変動や余震頻度、津波の導線などの詳細データがコンピュータに蓄積されたに違いない。風化しがちな立て看板での防災対策ではなく、看板がなくとも津波を防ぐことができる新しい都市を築きたい。(吾)
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