「休眠特許」が新事業を創出

　米国に遅れること20年。日本の大手ITメーカーでも、特許や技術など知的財産（知財）を活用した事業の収益モデルがようやく見えてきた。知財を社外に開示して第三者と新事業を生み出す「知財戦略」が定着しつつある。政府が「知的財産立国」の戦略大綱を掲げたのが2002年7月。それ以前に大手ITメーカーが推進してきた「知財戦略」は、特許侵害を探し収入を得る米国型の攻撃的なもので、自社使用を想定した特許活用に他ならなかった。だが、この状況は2年程前から一変している。

　富士通は01年後半から、特許の取得・管理を従来通り行う一方、活用面で新たな展開を図った。開放特許を仕入れて販売するバイヤー（仲買人）が運営する国内外のコマースサイトで、自社で使わない「休眠特許」や技術などの知財情報を積極的に提供し、知財の露出度を高めている。この効果が今年に入り表れ、電子デバイスやプラットフォーム分野の特許収入、技術提携による異業種企業とのアライアンス事業などにより、「知財戦略」が黒字化し始めたという。加藤幹之・知的財産権本部長は、「特許料収入ありきではなく、広く情報を開示することで、特許や技術が新たなビジネスを生むことの方が重要だ」と強調する。

　NECが外部に知財活用の場を求める方針に戦略転換したのも、02年。今年7月には、知財情報を提供するウェブサイトを開設した。同サイトに掲載されている特許や技術情報は、①NECが事業化しなかった知財、②他社との協業で標準化を図りたい知財、③現在はマーケットが構築されていない先行分野の知財――の3つ。同社はこのサイトで潜在顧客を掘り起こし、3年間に特許料収入で500億円を得る計画だ。この目標値に対して、競合の大手メーカーからは、「壮大な計画だ」と、その数字に懐疑的な声は多い。だが、NECの太田朝生・知的資産事業本部知的資産営業部長は、「異業種の企業や起業家、投資家、往年の技術者などが関心を示し、一緒に新たな領域へチャレンジする機会が生まれる」と、知財活用をオープンにすることで中小企業などの産業発展にも寄与したい考えだ。

　日立製作所は00年にコマースサイトを開設して、同社の「知財戦略」であるモノづくり技術の総合支援サービス「i-engineering（アイ・エンジニアリング）」に関する情報を発信。「知財戦略」を軌道に乗せている。単に特許情報を提供するのではなく、同社で開発した技術を、技術供与やアウトソーシングという形での利用を促す「技術相談サイト」だ。このために同社は、6研究所と27工場の技術者が、いつでも外部からの技術要請に応えられるように体制を整備。昨年後半からは、液晶表示装置や機械系の案件などを中心に問い合わせが増加し、事業が急成長しているという。

　日立の河野顕臣・企画本部i・エンジニアリングビジネスセンター長は、「他社が部品調達と同様に足りない技術やノウハウを当社サイトで調達し、自分の得意技術と融合させる流れは定着しつつある。特許料収入はその過程で得られる」と話す。日本はITの低コスト化戦略では、中国などに敗北したが、高コストでも世界で勝ち抜ける産業構造を構築するため、知財を経済活性化の手段として使う土壌が出来上がりつつある。その意味で、最近の大手メーカーが打ち出す「知財戦略」転換は、IT産業全体の底上げを図る上でも重要な意味を持ちそうだ。　谷畑良胤●取材／文