IT分野の産業構造に変化も

　今年3月の労働者派遣法改正で「物の製造の業務」への労働者派遣が解禁されたのを受け、国内製造業に変化が現れ始めた。大手製造業で派遣労働者導入に踏み出しているのは、まだトヨタ自動車などごくわずかだが、商品サイクルが加速度的に短期化しているエレクトロニクスや情報・通信業界などIT分野でも、松下電器産業や京セラが検討を開始している。「もの作り」や「雇用」という観点からも、大きな変化につながる可能性がある。

　松下電器の場合、AV（音響・映像）機器や白物家電、電子部品など14のドメイン（事業領域）に分かれ、それぞれが工場などの事業所を所管している。各事業所ではこれまでにも、繁忙期に生産工程によっては請負業者を活用してきた経緯がある。このため、派遣労働者についても全社一括で導入を検討するのではなく、ドメインや事業所がコストなどとの見合いで判断していくというのが現在のスタンス。利益の最大化を目的に、AV機器などの新製品の「世界同時立ち上げ戦略」を展開している同社だが、技術や生産ノウハウの秘匿という問題もある。このため、スピード重視で戦略商品の生産に導入するというより、既存商品の収支面の改善に役立つかどうかから判断するのが現実的、という意見も社内にはあるようだ。

　実際に4月から1000人規模で、複数の工場に派遣労働者を導入したトヨタ自動車でも、短期間に習熟できる補助的業務を中心に活用している。組み立てなどの中核業務は、直接雇用ながら4か月以上3年未満の有期雇用である期間従業員が依然として主力だ。

　では、製造業務への労働者派遣解禁は、インパクトの小さなものに終わってしまうのか。大手人材派遣・パソナの広報企画部は、「今では営業部門などの需要が拡大しているが、本格化するには1999年の派遣の原則自由化後1年から2年はかかった」とし、現在はまだ様子見の段階にある大手製造業も動き出すと見ている。これまでの請負業者に工程を委託する方式では、要求を満たす「成果」を提出すればよく、労働者を直接に指揮・命令できないため、その過程には踏み込めなかった。しかも、請負業者は地域の零細事業者が多く、請負契約も小口が中心。生産技術などの変化にキャッチアップするのも難しかった側面がある。パソナは、5月にSAPジャパンと連携し、SAP製品の知識やスキルを持つ派遣要員の大量育成に乗り出した。同様に、教育面や情報セキュリティの面でも対応したうえで、求められるレベルの人材を安定的に供給できれば、製造業からの需要も拡大すると見込んでいる。

　一方、産業構造と生産にかかるトータルコストの点からも派遣労働者導入が進むと見る向きもある。みずほコーポレート銀行の産業調査部は、「技術のブラックボックス化で、工場の自動化が進み、オペレーション要員も少なくなっている。デジタル家電は製品サイクルが短く、生産の繁忙期も短い。派遣労働者導入で人件費を変動費化できれば、中国と大差のないトータルコストを実現することは可能」と分析する。競争力維持のために生産の日本回帰が進めば、結果として、雇用形態も変化するということだ。

　解禁になったばかりとあって、まだまだ水面下にある製造業への労働者派遣。企業により、あるいは生産品目により、導入に対する考え方は様々だが、水面上に現れた時には、事業戦略上の大きな差異となっている可能性が高い。もちろん、それが企業の収益構造にはね返ってくることも想像に難くない。　山本雅則（大阪駐在）●取材／文