市場拡大のヒント

　会計専用機大手の日本デジタル研究所（JDL）が、4月1日に提供を開始した無料経理ソフトウェア「JDL IBEX出納帳3カジュアル」は、5か月で配布数が15万本を突破した。配布当初、JDLは無料経理ソフト配布の理由を「業務ソフト市場の裾野を広げるため」と、自社の売上増だけを狙った戦略でなく「啓蒙活動」と主張。これに対し、「自社への利益誘導にほかならない」、「配布数も増えない」と、他の業務ソフトベンダーは一様に冷淡な対応を示した。

　だが、ここにきて、予想以上に配布数が伸びていることから、「潜在顧客の掘り起こしに役立っているかもしれない」と、IT化が進まない個人事業者や中小企業に対する啓蒙活動として一部で評価する動きが出てきた。パソコン量販店で販売される経理ソフトの市場規模について、ある業務ソフトベンダーは、「本数ベースで年間15万本程度だろう」と推計する。JDLの無料経理ソフトは、無料とはいえ短期間でこの数値に並んだ。

　BCNランキングによると、今年は昨年に比べ、業務ソフトの販売本数が数％程度減る見通し。業務ソフトベンダーの多くが毎年販売本数を減らすなかで、JDLは、昨年に比べ3倍近くの伸びを示す。その背景に、無料経理ソフト配布の波及効果があったようにも見える。弥生の相馬一徳・執行役員営業本部担当は、「JDLは、当社に比べ資金力に余裕がある。JDLの手法をマネすることはできない」とした上で、「従業員10人以下の法人や個人事業者をIT化する〝自計化〟を進める上で、JDLの無料経理ソフト配布は一定の役目を担っている」と、JDLの動向を注視している。

　一方、他の業務ソフトベンダーは、「無料配布なので、（15万本は）さほど驚く数字ではない」（ソリマチの木村浩・取締役営業統轄本部営業本部長）、「テレビコマーシャルの効果が大きい。量販店中心の販促で獲得した数値ではない」（ミロク・ユニソフトの三木正志社長）と厳しい。それでも、JDLの無料経理ソフトが、「初心者層を中心とする新規顧客層にリーチできた可能性はある」（三木社長）と、潜在顧客開拓の参考にはする方針だ。

　JDLによれば、無料経理ソフトの配布先は、個人事業者が22・9％、従業員2─5人の法人が35・6％と、5人以下で全体の6割程度を占めた。配布先のうち、どの程度が有料版経理ソフト「JDL IBEX出納帳3」に移行したかは、「本来の目的が、〝市場の裾野拡大〟や会計事務所と顧問先企業の〝自計化〟を進めることなので、移行に関する追跡調査はしていない」（JDLの森崎利直・取締役マーケティング本部長兼広報担当部長）ことから、数値は不明だ。しかし、ある業務ソフトベンダー社長の分析では、JDLの無料版からJDLの有料版に移行した数は「1割程度はいる」と、推測している。

　業務ソフトベンダー各社は今でも、拡販目的で使用期限限定の「体験版」として無料経理ソフトを量販店に置く。これに対し、JDLの無料経理ソフトは無期限で基本的な金銭の出入りは管理できるため、市販の有料経理ソフトと機能面で差がなく、「量販店の業務ソフト販売が低迷する」と、業界で波紋を呼んだ。従業員10人以下の国内中小企業は635万社ある。このうち、約3割で「自計化」が進んでいるといわれる。業務ソフト市場は低迷しているが、市場のパイは大きい。JDLの無料経理ソフト配布先の分析を進めることが、市場開拓のヒントになりそうだ。(谷畑良胤●取材／文)