米国で10月15日に放送された討論番組「クロスファイヤー」が放送後にネット上で話題を呼び、ネット経由で見た人の数が放送を見た人の数を上回るという事態が発生した。司会者と参加者の間での大統領選に関連した討論が非常に感情的になったからだが、ネット上の視聴率がテレビの視聴率を上回ったのは初めてとみられる。テレビ視聴の形が変わり始めたようだ。

　テレビを見ることができるパソコンがある。しかしそれはパソコンにチューナーを搭載して放送を受信しているだけ。またブロードバンド回線を通じてテレビ放送を提供するサービスもある。これは電波の代わりに回線を利用しているだけ。CATV（ケーブルテレビ）のようなものだ。これらの仕組みでは、情報の流れ方はこれまでのマスコミ同様、1対多の一方向だ。

　今回のケースは、番組のビデオがインターネットの一般公衆回線上でダウンロードされたり、ファイル交換の仕組みを通じて多くの人が視聴したという。もともとの情報源は1つだが、その後の情報の流れが多対多の双方向、多方向になっている。

　報道によると、クロスファイヤーはニュース専門局CNNの人気番組の1つで、視聴率から計算した9月の平均的な視聴者数は約61万人。ところがネット上でこの番組のビデオクリップを流したビデオサイト「iFilm（アイフィルム）」によると、わずか数日で67万人以上がストリーミングビデオをダウンロードしたという。

　それに加えてファイル交換ソフトで試聴したユーザーも多かった。特にビットトレントと呼ばれるファイル交換ソフトが今回は大活躍。同ソフトを使って今回の番組のビデオを入手できるサイトは1100以上になったという。

　テレビの視聴率をネットの視聴率が超えたわけだ。

　ビットトレントは、「クライアント」と呼ばれるソフトをパソコンにインストールしておけば、同ソフトを搭載したパソコン同士がネット上で連携プレーし、バケツリレーのように情報を次々と手渡して伝搬していくという技術だ。ビットトレントは、ファイルがどのようにコピーされ転送されたかが記録される仕組みになっている。不正コピーには向かないようになっているわけだ。それでも不正コピーに利用する人はいるが、合法的な映像ファイルの流通にも多く利用されている。ネット上の情報流通の35％はビットトレントを利用したものだといわれる。

　ビットトレントは、映像ビジネスをどのように変える可能性を秘めているのだろう。米国の技術者の間で話題となっているのがRSSと呼ばれるデータとの組み合わせ。RSSはウェブサイトの更新情報のデータで、ほぼすべてのブログと、一部報道機関のニュースサイトがRSSを使って更新情報を発信している。RSSリーダーと呼ばれるRSS受信専用ソフトも普及が始まっており、近い将来ブラウザを超える情報収集ソフトになるとみられている。

　このRSSで番組を告知し、見たい人はリンクをクリックする。その後はビットトレントが作動しファイル共有の仕組みを通じて情報をバケツリレーしていく。この仕組みなら、大規模な中央コンピュータは不要だし、アクセスが集中しても回線がパンクすることもない。比較的安価に番組を「放送」できる。もちろん厳密には放送ではない。だが、放送と同等の結果を得ることができる。
　また、「放送」という形ではなく、知り合いのブログを通じた「口コミ」で番組を視聴するというケースも増えるだろう。今回の「クロスファイヤー」もまさにその一例だ。

　RSSとビットトレントの組み合わせは、技術的にはユーザー間の横のつながりで成立しているものの、感覚的には放送に近いものがある。しかし今回のケースは感覚的にも横のつながりを通じた情報の流通である。

　今後こうした横のつながりを通じたテレビ番組の視聴が増えてくれば、テレビ放送はどのように変化していくのだろう。（湯川鶴章）