【上海発】前号では、中国における知的所有権侵害の深刻な現状をお伝えしたが、この問題で一番大きな被害を被っているITベンダーは、ソフトウェア最大手、米マイクロソフトであることは間違いなく、対策に苦慮している様子がうかがえる。

　マイクロソフトは、10月から一部の発展途上国に向け、機能を省いた廉価版ウィンドウズを提供し始めた。

　同社製品は、基本的に全世界でほぼ統一された値付けで販売されており、当然、米国や日本と比べて所得水準が低い発展途上国の国民にとっては非常に高額となる。そのため海賊版が横行する。廉価版ウィンドウズには、それを防ぐ狙いがある。

　廉価版ウィンドウズが発売されている国は、マレーシアとインドネシア、タイの3か国で、年内にもう2か国追加される。そのうち1か国はインド（ヒンドゥ語版）になる見通しだが、もう1か国は不明。同社は「中国の可能性は低い」としている。

　消費人口が最も多く、海賊版による損害額が一番大きい中国に向け、なぜ、廉価版ウィンドウズを投入しないのか。

　1つの理由として、中国語版の廉価版ウィンドウズを発売すると、それが所得水準の高い台湾や香港、シンガポールなど中国本土以外の“中華圏”に流れる恐れがあること。もう1つ理由として考えられるのは、なにしろ中国は巨大市場であり、下手に手を打つより、しばらく様子を静観しようという考えである。

　マイクロソフトは国別の業績を公表していないが、中国ではともかく30％台の伸びを記録していると見られる。販売台数が伸びている家庭向けメーカー製パソコンなら、ほとんどにウィンドウズ（OEM版）がプリインストールされている。市場が大きい分、海賊版被害も甚大だが、正規流通の規模もそれなりに伸びている。

　パッケージ版こそ全世界で統一した値付けを行う同社だが、パソコンメーカーに供給するOEM版の価格は、国の経済状況によってかなりの格差をつける。中国においてもOEM版の価格を低く抑えることで、海賊版と結び付きやすい自作パソコンではなく、OEM版が組み込まれるメーカー製パソコンに少しでも多くの個人需要を向かわせる考えのようである。

　また、法人ユーザーに対しても、海賊版の使用を把握すれば、司法当局に告発する断固とした態度を見せる一方、ライセンス購入でかなり弾力的な値付けを行っている。

　それでも抜本的な解決に至らないことは、マイクロソフト自身も重々承知しているはずだ。ウィンドウズがプリインストールされたパソコンを購入したユーザーも、バージョンアップで海賊版を利用する傾向が強い。海賊版を使用する法人ユーザーで摘発されるのはごく一部である。

　米国と中国は1995年に知的所有権条約を締結している。それ以来、米国企業は中国に対して、巨大市場の開放と引き替えに、知的所有権侵害に対しては、それなりに“寛大”な態度で接してきた。だが、折しも米中の貿易不均衡が過去最悪となるなかで、マイクロソフトを含む米国企業は、態度を硬化させる可能性がある。中国は自浄能力を発揮できるのか。
坂口正憲（ジャーナリスト）