米国で遅々として進まなかった衛星ラジオが、急速に普及し始めている。現在、急激に会員を増やしているこのサービスは、あらゆるジャンルの音楽を提供していることもあり、今一番注目されている業界だ。普及のきっかけ、そしてiPodとの競合関係はどうなるのか。本格的な普及を迎えた米国衛星ラジオの現状を探る。

　米国で衛星ラジオが急速に普及し始めている。250万人以上の会員数を誇り、業界を牽引する役割をも担っている「XMサテライト・ラジオ（以下XM）」と、それを急追する「シリウス・サテライト・ラジオ（以下シリウス）」の2社が現在の主役だ。

　これまで衛星ラジオは、「将来性はあるものの短期的にはあまり普及することのない」業種と見られていた。特に職業ドライバーを主たる対象層と考えていたその業務開始初期には会員数は低迷し、「孵らない卵」とまで呼ばれていた。車載という考え方は遠方へ出かける頻度が高い人にはメリットが大きいが、都市部では盗難問題などもあり、カーナビ同様一部の愛好者向けの商品という位置づけだった。

　このような状況を打開するきっかけとなったのはiPodの普及だ。アナリストによれば、iPodのヒット要因をそっくりそのまま車内に持ち込んだのが、将来の衛星ラジオのあるべき姿だったという。米自動車業界大手のフォードは、これまで自社の高級車種にはカーナビを標準装備としていたが、今後は20社種以上でシリウスの受信ができる専用機器を装備することを決定。その期待の大きさが見て取れる。G－BOOKの普及が遅れているトヨタ自動車も衛星ラジオの市場には興味を持っているといい、近い将来には大衆車にも衛星ラジオが標準装備されるようになる可能性は高い。

　現在、XM、シリウス共にそれぞれ100チャンネル以上の放送枠を持ち、更にチャンネルは追加され続けている。シリウスは人気ラッパーのエミネムや大物DJのハワード・スターンの専用チャンネルを用意するなど、その放送内容の差別化には非常に積極的だ。また、追われる立場のXMも、米大リーグ（MLB）との契約締結や、全米にある4000店のスターバックスの店内での放送を実現、会員の確保に躍起だ。

　かつては高価だった受信機器も、現在では普及品であれば大手量販店で100ドル少々にまで下がっており、いまだに高価なカーナビや車載オーディオ機器に比べ非常に魅力的な価格設定だ。XMの最新機種は「デルファイXM MyFi」。350ドルという手頃な価格は、真っ向からiPodと競うことになり、iPod以外のMP3プレイヤーは危機的状況を迎えかねない。

　また、これまではXMとシリウスではそれぞれ専用の受信機器が必要だった。しかし消費者への不利益を避けるという意味合いもあり、連邦通信委員会（FCC）の勧告により1つの機器で両方の放送を受信できるようにする合意が両社の間で既に結ばれている。

　衛星ラジオ各社は、加入者への月額10ドル程の課金で利益を確保している。番組中のコマーシャルがなく、その放送内容に関してFCCの規制が緩やかなこともあり、テレビ、ラジオを問わず地上波ではその特色を生かしきれない先鋭的な内容なども放送できる。これが視聴者へのアピールとなっている。

　衛星ラジオの市場を刺激したのはiPodだ。iPodとそれを取り巻くオンライン音楽サイトの普及は、これまでの音楽愛好家とは違う層での市場を喚起し、一般のテレビやラジオ放送ではカバーしきれないファンを取り込むことに成功した。衛星ラジオが高い音質を維持したまま、これまでとはケタ違いのチャンネル数を実現したことで、iPodなどのMP3を音源を利用する音楽ファンはこぞって支持をするばかりか、更には自身が選択した曲しか聞くことのできないiPodよりも、選択肢の広い衛星ラジオの方が魅力的と考えるファンも出てきている。

　対抗馬となってしまったiPod陣営も、関連業界を巻き込み、室内や車内などでiPodを利用できる各種の機器類を市場に提供し始めているが、それは更なる市場の拡大を呼ぶことになりそうだ。ある調査では、2010年までに衛星ラジオの視聴者は1000万人を超えるともいう。（田中秀憲）