【上海発】中国における知的所有権保護のもろさを象徴する騒動が起こっている。

　発端は北京市のソフト調達である。同市は11月17日、先ごろ行ったソフト製品調達の概要を発表。それによると、パソコンOSやオフィス製品でマイクロソフトが獲得した受注額は約3000万元（1元は約13円）と圧倒的な割合を占め、国内ベンダーの受注額はわずかしかなかった。

　ところが11月27日、北京市は一転し、パソコンOSとオフィス製品にかかわる契約を破棄すると発表した。つまり、マイクロソフトは大部分の受注を失ったことを意味する。

　地元のソフト業界関係者に経緯を聞くと、「最初の発表を受けて、国内ベンダーが一斉に不公平だと中央政府に抗議、契約を覆させたらしい。彼らも政府の保護がないと事業が成り立たないから必死だ」という。

　中国政府は公共機関で国産ソフトを優先的に調達し、国内ベンダーを保護する政策を打ち出している。北京市もこれまでは、レッドフラッグ社の「紅旗Linux」など国産品を優先的に調達してきた経緯がある。

　その意味では、政治的な配慮で騒動は収まるところに収まったと言えるが、「これで一件落着」というわけにはいかないだろう。

　対中貿易の赤字が過去最悪となるなかで、米国は元の切り上げ要求をちらつかせ、米国製品の輸入促進を図るよう中国へ圧力をかけている。国内ベンダーを保護するために、米国産業界の象徴“マイクロソフト”といったん結んだ契約を一方的に破棄したとなれば、両国間の貿易（政治）問題に発展する可能性もある。

　前出のソフト業界関係者は、「そもそも北京市が最初にマイクロソフト製品を選んだのは、政府の（市場）開放派が影響を及ぼしているはず。それを保護派が押し返したわけで、この問題は後を引く」と話す。

　ともあれ、中国のソフト会社がここまで官需に執着するのは、海賊版が横行する民間市場では収益を上げられず、正規版を一括購入してくれる官需に頼るしかないからだ。この根底には、知的所有権保護の問題がある。

　前号では、中国における知的所有権侵害の一番の被害者はマイクロソフトだと指摘したが、同社は中国以外の市場で高い収益を上げることができる。これに対し、知的所有権の保護が無秩序な中国市場でしか事業を行えない国内ベンダーこそ真の被害者かもしれない。

　今回の騒動に意見を寄せてくれた中国の若いソフト技術者は、「これだけの消費人口がある中国で、わずかな官需にソフト会社が群がっていること自体、ばかげている。知的所有権が保護される環境があれば、国内企業も政府に保護されなくても、それなりにやっていける」と指摘する。

　中国がWTO（世界貿易機関）に加盟してから3年が経つが、今回の騒動からもわかるように、知的所有権保護の問題は依然として、中国IT産業に大きな影を落としていることは間違いない。

　ただ、中国の政府要人やテクノクラート（高級技術官僚）は、21世紀の国際経済において知的所有権が持つ意味合いをそれなりに認識しているだろう。これから中国がこの問題を解決するために、どのような施策を打ってくるのか、注目したい。
坂口正憲（ジャーナリスト）