情報漏えい対策で追い風

　セキュリティ製品のなかで生体認証（バイオメトリクス）装置にITベンダー、ユーザーともに高い関心を持ち始めている。

　個人情報漏えい対策ニーズの高まりから、情報システムやパソコン、機密性の高いデータなどへのアクセスを制限することが一般的になりつつある。ユーザーが本当にアクセス許可を受けている本人かどうかを正確に判断したいという需要は強い。

　2004年8月、約34万人の顧客情報を漏らしたアッカ・ネットワークスで、情報漏えい後にCSO（チーフ・セキュリティ・オフィサー）として自社のセキュリティ対策を統括することになった中木正司取締役は、「顧客情報を格納するデータベースへのアクセス者を制限することで、大半のリスクを避けることができた」と説明。個人認証の重要性を実感している。

　高いセキュリティレベルを求める企業や自治体では、IDやパスワード入力による認証などよりも、さらに堅牢なセキュリティを確保できる個人認証システムを求める声が強まっている。そのニーズを満たす製品が生体認証というわけだ。

　昨年10月、東京三菱銀行はATM（現金自動預払機）に、手のひらをかざし静脈認証を行う装置を組み込んだ。金融機関による生体認証装置の導入は同行が初めてだったが、その後、みずほ銀行が指静脈による生体認証を来年度（07年3月期）上期に導入すると発表。三井住友銀行も年内に導入することを決めた。金融機関だけでなく、自治体では千葉県富山町役場が、出先機関も含めパソコン120台に指紋認証システムを導入した。

　金融庁の外郭団体で、金融情報システムの調査研究などを行う金融情報システムセンター（FISC）の郡山信氏は、「生体認証に対する金融機関の関心は非常に高い」と話し、今年3月に改訂した金融機関の安全対策基準を示す「FISC安全対策基準」に、生体認証情報の管理手法を盛り込んだ。これにより、「究極の個人情報」（郡山氏）である生体認証情報の取り扱いのガイドラインが示された。

　また、これまで生体認証システムは金融機関や公共機関など、機密性の高い情報を扱う団体からの引き合いが中心だったが、一般企業からも徐々に引き合いが増え始めている。

　98年から生体認証ソリューションを手がけ、130ものシステムを構築した実績を持つ富士通サポート＆サービス（Fsas）の田上稔・サービスビジネス本部システム統括部パッケージビジネス部ビジネス課長は、「立ち上げ当時はポツポツと案件がある程度だったが、昨年後半から引き合いが増えた」とニーズの強さを実感。「一般企業でも意識の高い顧客は生体認証の導入を、コストがかかっても真剣に検討し始めている」（田上課長）と手応えを感じる。

　Fsasは、これまでの指紋、声紋、サイン、顔認証に加え、手のひら静脈による認証装置の取り扱いも開始。金融機関のほか、医療機関、一般企業への拡販を進め、今年度（06年3月期）は20システムの販売を計画する。

　また、単純な生体認証システムではなく、他の情報システムとの連動を考えるベンダーも出てきた。ITベンチャーのヒューマンテクノロジーズは、指紋認証装置と勤怠管理システムを組み合わせたソリューションを開発。「タイムレコーダーの不正打刻を防止したいという要望から生まれたシステム」（藤原高寛社長）で、データのアクセス制限ではなく、データの正確さを証明するためのツールとして生体認証を使用。ソリューションに生かした。

　本格導入はまだ一部の企業・団体に限定されてはいるが、「将来、認証システムは生体認証が大半を占める」との見方は業界内で圧倒的。ITベンダーの動きが今後、活発化しそうだ。（木村剛士●取材／文）