法の厳密適用は両刃の剣にも

　東京労働局は、これまで派遣事業法のグレーゾーンだったフリーのソフト技術者にも、同法を適用するためのガイドラインを策定した。勤怠の時間管理や作業指示、システム開発における担当領域の割り当てなど実態を精査して、作業形態が請負か派遣かを判断し、多重派遣に相当する場合には、発注元と仲介者に是正を勧告する。（佃 均（ジャーナリスト）●取材／文）

■契約の形式ではなく就労状況の実態に即して判断

　労働者派遣事業法では、原発注者に受託会社が自社雇用のソフト技術者を派遣することは可能だが、さらに下請けの別会社の従業員を自社の社員と偽って派遣することを禁じている。これまでもITサービス業界では、システム開発における偽装請負を生む温床として多重受発注構造が問題とされ、契約の明確化や技術者の就労環境整備の観点から、繰り返し是正の努力が行われてきた。

　しかしフリーのソフト技術者は、法律のうえでは個人と法人が切り分けて扱われるため、派遣法の適用を受けないとされてきた。実質、派遣で就労しているフリーのソフト技術者は全国に10万人ともいわれ、派遣法に抵触するケースが少なくない。大手の家電メーカーはエンベデッド系システム開発業務に従事する外注の技術者について、委託先企業の社員であることの証明を求めたり、派遣技術者を受け入れない方針を固めているケースもある。ITサービス業界でも適正な対応が求められる。

　フリーのソフト技術者は税制上、確定申告の自由業または、青色申告の個人事業主で、システム開発業務に従事する際の契約形態があいまいだった。ことに個人事業主となっている場合、実際に仕事をするのは事業主であるフリーのソフト技術者だが、法律上、事業主は労働者ではないと解釈され、労働者派遣事業法の適用は受けないとされてきた。

　ところが、契約上は発注企業と個人事業主の請負契約（業務委託）であっても、実質的に一労働者として開発チームに編入されていたり、請負業務の範囲が不明確なケースが少なくない。またフリーのソフト技術者がソフト会社を経由して原発注元企業で仕事を行う場合、請負か派遣かが明確でなく、就労条件や代金の支払いに不明朗な点が発生する要因となっている。

　東京労働局は、「税制上の個人事業主と、派遣法の解釈は別」との考えに立ち、また「請負契約とは、業務の完成を目的とする。その具体的な遂行方法は受託者が考えることであって、発注者が労務管理や作業指示を与えている場合は請負に相当しない」と規定した。

　そのうえで同局は、システム開発業務における請負と労働者派遣について、数次にわたる会社間の請負契約を経て、受託者側の労働者が就業先であるエンドユーザーの指示のもとで就労するケース、労働者を別の会社に紹介するだけのケースなどがあることを前提に、「個人事業主と称して請負契約を結びながら、就業先である相手方から労働時間の管理や業務の指示などを受けている場合は、個人事業主でなく労働者と判断せざるを得ない」としている。

　労働者派遣か請負のいずれに該当するかについて、同局は「契約の形式でなく、労働者の就労状況の実態に即して判断する」とし、個人事業主としてのフリーのソフト技術者を実質的な労働者派遣業務に起用した発注元に対して、職業安定法施行規則第４条に抵触する「偽装請負」に相当するとして厳しく指導する考えだ。

　これに対応して労働局は「ソフトウェア・システム設計、システム運用管理用における労働者派遣自主点検チェックシート」を作成、ITサービス関連企業ばかりでなく、原発注元企業（ユーザー）にも注意を促す。

■フリー技術者への発注が減ってしまう懸念も

　ITサービス業界の労働者派遣問題に詳しいIT産業サービス機構の井上守理事長は、フリーのソフト技術者が個人事業主としてシステム開発に従事する際の要件を次のように規定している。

（1）税務署、都道府県税事務所に個人事業の開業届けを出していること

（2）青色申告で税金を納税していること

（3）都道府県税事務所に事業税を申告していること

（4）国民年金、国民健康保険など社会保険に加入し、保険料を支払っていること

（5）対外的に個人事業主であることを、屋号などの入った名刺を出すなどして公示すること

（6）当人自身が個人事業主であることを自覚し、仕事の発注者に認識させていること。またそのことが契約書に盛り込まれ、契約書に屋号で署名・捺印がなされること

（7）請負業務、委任受託の請求書、領収書を屋号の名で発行していること

　東京労働局がITサービス業の派遣実態に改めてメスを入れるようになったのは昨年夏以後。これまでは「契約と実態のかい離」が中心で、請負契約の名の下での実質派遣が対象だった。また派遣業務を「再委託」「出向」「常駐」などに言い換え、「派遣業務は行っていない」とする企業や業界団体の姿勢を正すのもねらいだった。しかし、今後は個人事業主としてのフリーのソフト技術者の扱いにも監視の目を光らせることになる。

　同法に抵触していると判断された場合、是正勧告ばかりでなく、悪質な場合は「1件当り1年以下の懲役または100万円以下の罰金」が課せられる。井上氏は、「労働局は法の適正な運用によって労働者を保護するという立場だが、実際は両刃の剣。今後は個人事業主のソフト技術者と契約を結んでシステム開発に起用するケースが減少する可能性がある。結果として個人事業主として登記しているフリーのソフト技術者が締め出されることにもなりかねない」と語っている。

　また個人事業主の登記を行っているフリーのソフト技術者の間には、「ただちに雇用契約先の社員として入社することもできず、原発注会社と直接の請負契約が結べるとは思えない。これまで法の適用をあいまいにしていながら、ここにきて個人事業者も対象というのは納得できない」という声があがっている。