NSWが防災システムを提供

和歌山・紀美野町で無線LAN実証実験

　和歌山県海草郡紀美野町でアクセスポイントを介さない「アドホックネットワーク」の無線LAN実証実験が行われた。実証実験は、災害など非常時でもパソコンで外部の情報収集や現場の状況を伝えることが可能かどうかを調べるためのもの。システム開発系SIerの日本システムウエア（NSW）が防災システムを提供した。課題は残ったものの、今回の実験を通じてパソコン同士で直接通信が行えるアドホックが、固定電話や携帯電話のつながらない状況下で重要な役割を担うネットワークとの認識がますます高まった。（佐相彰彦●取材／文）

■災害時の情報交換を実証　ヘリコプターを中継局に

　アドホックネットワークとは、アクセスポイントを介さずにクライアント端末同士の直接通信が可能な無線LANの通信方式の1つ。パソコンとアドホック対応の無線LANドライバ、アンテナで安価にネットワークを構築できることが特徴で、非常時の通信手段として活用できると注目を集めている。

　こうしたことから、アドホックネットワークを採用したシステム開発に力を入れているITベンダーが増加している。しかし、ノートパソコンなどクライアント端末が常に移動することを前提とした効率的な安定経路の確保や最適な周波数帯域の設定などで技術的な課題が浮上しているため、具現化したシステムがまだ出てきていないのが実情だ。こうした状況のなか、和歌山・紀美野町の「みさと天文台」で進める地域連携の教育事業が、文部科学省の科学館振興支援事業の一環として採用され、NSWが防災システムを提供することになった。

　今回の実証実験では、地震など災害の発生により固定電話や携帯電話の通信手段が途絶えた状況下でアドホックネットワークの有効性を調べた。紀美野町内にある学校を避難所と想定し、各避難所に設置したノートパソコンでテレビ電話やメールの送受信が可能なほか、防災マップ機能などを搭載した情報共有システムで各避難所の状況が把握できる。データの送受信は、アドホックシステム搭載のヘリコプターを使用し、各避難所の上を通り過ぎた際に外部の情報収集と現場の状況を伝達できるようにした。ヘリコプターには中継サーバーを搭載しており、“災害本部”と見立てた役場の共有サーバーにデータを蓄積できるようにした。

　紀美野町は昨年1月の町村合併以来、防災に関する取り組みに積極的だ。地域連携の教育事業を担当する豊増伸治・みさと天文台研究員は、実証実験の開始前に「山間部の非常時でも、IT技術を駆使すれば情報交換が行える環境を整えたい」と期待を寄せていた。

■双方向のデータ交換に不具合　改善の課題残るも成果はあり

　実証実験では、ヘリコプターとのデータ送受信を3回にわたって実施。3回とも避難所からメールの送信は可能だったものの、ヘリコプターの中継サーバーで蓄積してあるメールを受信できなかった。

　双方向のメール送受信が行えなかった原因について、みさと天文台の豊増研究員は、「紀美野町で構築しているLANの仕組みを、そのまま災害時での活用を試みたため」と分析する。紀美野町は、町内全域でLANを構築しており、公共施設でのインターネットやメールは役場の共有サーバーをいったん経由しなければ利用できない仕組みになっている。実証実験でも、役場を“災害本部”と想定したため、ヘリコプターで吸い上げた各避難所のデータを役場のサーバーに送らなければ転送できないように設定した。ところが、ヘリコプターと役場とのデータ送受信の際に不具合が生じてしまったのが不具合の原因となった。豊増研究員は、「ヘリコプターだけで双方向のデータ送受信が行えるように設定すれば上手くいったのではないか」とみている。

　メール送受信は失敗に終わったが、成果もあった。テレビ会議システムによるヘリコプターとのコミュニケーションは問題なく行えたのだ。NSWの味香聡・モバイル＆ブロードバンドソリューション事業部アドホックネットワーク・マーケティング担当部長は、「システム改善の余地はあるものの、アドホックネットワークが十分に機能することは分かった」としている。

　アドホックネットワーク活用の無線LAN実証実験は、決して成功とはいえなかったものの、「実用化に向け、次につながる実証実験だった」（みさと天文台の豊増研究員）ようだ。しかも、「小学生や中学生を中心に避難所でのパソコンを町民がすべて操作した。災害時でも、誰もが簡単に対応できるという点では、大きな収穫だった」としている。

　NSWでは、「システムの早期商用化に向けて大きなヒントを得た」（味香部長）。アドホックネットワークの重要性を改めて認識させる実証実験だったとみられる。