日本人でなければ、できない開拓

　昨年12月、国内のある外資系ベンダー関係者から「マイクロソフトの社長に樋口泰行・元日本HP（ヒューレット・パッカード）社長が就任するらしい」と聞いていた。関係するアナリストから「この噂が蔓延している」と耳打ちされ、真偽を確認したかったようだ。このため、一部報道機関が明らかにした「樋口氏就任」の記事による衝撃は小さかった。

　新任の樋口・代表執行役員COOは、企業・公共機関担当の責任者に就任した。マイクロソフトが社外から役員を起用したのは、これが初めてである。ダレン・ヒューストン現社長は、「Windows Vista」などコンシューマ市場に専念し、樋口COOがビジネス市場を取り仕切る「二人三脚型」の経営が始まった。ヒューストン社長は「来年度（2008年6月期）も米国には帰らない」と、来年度早々に樋口COOへ社長をバットンタッチするとの噂を否定。自身が立案した「PLAN─J」（3か年計画）最終年度に総仕上げを行う。

　樋口COOは、アップルコンピュータや旧コンパックの日本法人で、両社のパソコン事業立ち上げで実績を残したことで知られる。合併後の日本HPでは、ビジネス市場向けのサーバー・ストレージ販売に関係する本部長をしていたが、大きな成果は上げずに数か月で、一足飛びに日本HPの社長に就任している。昨年10月まではダイエー社長として経営再建中の会社を上昇軌道に乗せるなど、コンシューマ市場の開拓には手腕を発揮しそうだが。

　マイクロソフトの日本市場での売上高は、米国に次ぐ規模で、米国の10分の1程度の4500─5000億円。同社は、ビジネス市場の占める売上高比率を公表していないが、某役員は昨年、「当社のビジネス市場は、昨年度（06年7月期）も2ケタ成長した」と豪語していた。

　しかし、米国で売れ筋の中小企業向けのサーバー製品「Small Business Server（SBS）」などが、日本市場では不調で、社内では「これまでSBSを成功に導いた人はいない」といわれるほど難渋している。米本社からの突き上げは相当のものと想像できる。樋口COOが直面する苦悩は、まずこの領域からになりそうである。

　SBSなどを日本の中小企業市場で開花させる施策として、日本独自の「IT推進全国会」がある。だが、SBSの売れ行きをみる限り、成功しているとはいえない。この施策は、欧州の小さな国を中心に「輸出」され、成果を上げている。同社関係者が日本の中小企業でのIT活用率を説明する際、必ず「ベネズエラ並み」と、社内やパートナーに喚起を促すほど、世界に比べて課題は多いのだ。

　樋口COOは、かつて日本HPの社長時代に「higuchi@hp.com」という「目安箱」を設置、社員の憤まんに耳を傾け、頻繁に現場に出向いたそうだ。日本の中小企業を歩く際、やはり「日本語ネイティブ」がいい効果を生むと期待したのだろう。古川亨・前社長は昨年10月に自分のブログで今のマイクロソフトについてこう語っている。外部（外人）からきた人に「長年貢献してきた人間が冷遇されている」。恐らく、この人間とは日本人社員。社員に渦巻く悶々とした空気を払拭することも、課題となりそうだ。