欧米中心で拡大するIT産業

　2年連続で9％台の経済成長を達成したインドは、2030年代にはGNPで日本を抜き、アジア経済をけん引すると予測されている。現在は新しい中間所得層の膨大な需要をベースに、製造業やIT産業などの急拡大が続く。その成長を押し上げる原動力は、欧米や日本からの外資の参入だ。しかし、現地企業との合弁でトップシェアを確保し、インド社会に根を張る日本の製造業に対して、ソフトウェア産業では日本の存在感は薄い。（田中繁廣（本紙編集長）●取材／文）

■インドが抱える二面性

　デリーから幹線道路の渋滞を縫って、30分ほど車で走ると、周辺の景色が一変する。日干し煉瓦を積み上げただけの軒の低い家屋に代わって、忽然と高層マンション群が現れてくる。一部屋の分譲価格は最低でも日本円で2500万円。20階以上の高層階では、億単位の高額物件が完売状態だという。

　現在のインドを何よりも象徴しているのは、最新のマンションのすぐ脇にひしめき合うバラック小屋の群れだ。廃材で四方を囲み、トタン板や、ビニールで屋根を葺いただけの貧しい家並みには、水道や電気も満足に通っていない。急激な経済成長が生んだ富裕層と、ホームレス同然の貧困層が混在する光景は、インド社会の縮図といえる。

　カースト制度が厳然と残るインドは、貧富の格差が激しい。人口の0.1％にも満たない富裕層がけた外れの資産を所有し、経済や政治を掌握してきた。最近のソフトウェア産業の躍進ぶりから、2ケタのかけ算を暗唱させる数学教育などが注目されているが、これは一面的な評価にすぎない。全人口に占める識字率は65.4％と低く、90％台の中国と比べると大幅に遅れている。

　また、全人口11億人のうち、納税者の数はわずかに3000万人で、政府の財政収支は慢性的な赤字。そのためインフラ開発にまで行政の資金が回らないのが実状だ。自動車などの大手製造業の工場が集中するデリー近郊でも電力の供給は不安定で、ほとんどが自家発電に依存せざるを得ない。ひと足早く経済の自由化に門戸を開いた中国と比べると、インドの経済社会はまだ課題が多い。

■携帯電話は日本を抜く

　にもかかわらず、世界中からグローバル企業の進出が加速するインドの魅力とは何だろうか。まず第一にあげられるのは、11億人の人口が生み出す膨大な消費への期待である。商工省ナンバー2のアジャイ・デュア産業政策担当次官によれば、「人口の6割が30歳以下で、この若い世代が銀行からの借り入れで家電製品などを積極的に購買するようになった」という。その結果、「昨年の携帯電話の加入者数は1億5000万台に達し、月次の販売台数で日本市場を超えた。今年の12月にはアメリカを抜くという予測もある」と驚異的な消費の拡大を強調する。

　景気が拡大しているのは、家電ばかりではない。全世帯の85％が日本円で年収50万円以下のこの国では、排気量1000CCの自動車は年収の1.5倍というぜいたく品だ。しかし、かつては手の届かなかった自家用車や最新の家電製品などを銀行ローンで購入できる中間所得層が増えている。

　地価高騰にわく不動産業や、外資系製造業などの雇用拡大が、自動車市場にも新しい需要を生み出しているからだ。年収20－100万ルピー（1ルピー＝約2.6円）の中間層と呼ばれる世帯は、01年度には全人口の約６％に過ぎなかったが、09年度には13％に達するという。所得水準は低いが、11億人というインドの総人口からすると、約1億4000万人の新しい消費経済が誕生することになる。

　その購買力は、2010年に乗用車の販売を200万台に拡大させ、インドを中国、日本に続く自動車大国へと押し上げる。しかも、「オートバイでさえ所有率はまだ4％足らずで、自動車に至っては微々たる普及率でしかない。潜在的な需要を考えると現在の消費拡大はまだまだひと世代以上は続く」と、デュア次官は断言する。

　こうした内需拡大型の経済発展には、日本の貢献度が高い。乗用車ではスズキ、二輪車ではホンダがトップシェアを握り、現地企業との合弁でインド社会にしっかりと根を張っている。

■日本の存在感薄いIT産業

　製造業に比べて、外貨獲得の花形産業であるIT分野では、残念ながら日本企業の存在感は希薄だ。IT関連ビジネスがインドの全輸出額に占める比重は06年度で21.2％に達している。

　インドソフトウェア・サービス協会（NASSCOM）によると、06年度のソフトウェア・サービスの輸出額は、04年度の177億ドルから33％増の236億ドルに拡大した。同協会のサンギータ・グプタ副会長によれば、「世界のITオフショア開発の65％がインドに集中し、アプリケーション開発やコールセンター業務を合わせたソフトウェア・サービスの輸出額は2010年には600億ドルを超えることが期待できる」としている。

　ただし、ソフトウェアの輸出額に占める日本向けの比率は、04年度の3.0％から05年度には2.8％に低下、06年度はさらに1.5％にまで縮小している。輸出全体が30％以上の高成長を続けるなかで、日本のプレゼンス（存在感）は逆に低下しているというのが実態だ。

　トップはいうまでもなくアメリカで06年度が66.5％と圧倒的。ついで英国が15.3％、その後にドイツ、オランダが2.0％台で続く。明らかにアジアよりも欧米向けがビジネスの中心といえる。

　なぜ、日本とのビジネスがうまく拡大しないのか。インドと日本のパートナーシップ拡大に必要な要件は、言語の習得と日本のビジネスカルチャー、テクニカルニーズへの理解だという。このためインド政府を中心に、日本語学科を開設するなど日本を理解しようとの動きは活発化している。

　しかし、その一方で、英語環境で育ってきた学生にとっては、日本はいぜん遠い国である。言葉に限らず、ビジネス・スタイルでも、欧米との格差にとまどうことがあるとグプタ副会長は指摘する。

　「欧米の企業は、条件さえ提示すれば意思決定が早いのでビジネスがスムーズに進むが、日本は何かにつけて決断が遅く、時間がかかる。あえて日本企業との商談に時間を費やすより、欧米企業との連携のほうがビジネスチャンスが大きい」と苦言を呈する。

　一方の日本企業からも、「インドの開発会社は、発注の打ち合わせ段階では優秀なSEが担当してくれるが、実際の開発段階では水準の低いプログラマを当てられることが多い」という不信の声も聞こえてくる。

　ASEANの超大国である中国をはさんで、日本とインドの連携は地政学的なリスク回避という側面も大きい。しかし、ソフトウェア産業の視点からすれば、まだまだ両国の思惑はすれ違ったままだ。今後、ソフトウェア大国インドとどう向き合っていくのか、少子高齢化による人材不足が深刻化する日本にとって、それは待ったなしの課題でもある。