予想を超える速度で進展

どうなる!?旧体質のIT業界

　「ソフトウェアのサービス化の進展は思ったより早い」──。JISA（情報サービス産業協会）の幹部は驚いた。過日、郵政公社がセールスフォース・ドットコムの顧客情報管理システムを採用したという発表があった。「著名企業がオンデマンドテクノロジーを採用した。間違いなく日本に入ってきている」と、米セールスフォース・ドットコムのマーク・ベニオフ会長兼CEOは述べた。JISA幹部も「10年もたてば、IT産業自体が崩れてしまうのではないか」と懸念する。（鍋島蓉子●取材／文）

■手組み王国に新風が

　4月19日の来日会見でベニオフ会長は、「当社のサービスの利用者はグローバルで増え続けている。日本では過去12か月で40％もユーザー数が伸びている」と、その著しい成長ぶりに言及した。郵政公社は1兆円の預かり資産と40万人の職員を抱えている。こうしたなかで「セールスフォースは郵政民営化に重要な役割を果たす」としている。このことで「多くの企業が導入するのに不安を感じないという信頼性を獲得した」と自信を示した。

　「マイクロソフト、オラクル、SAPなどのソフトを買って、自分で管理するような時代は終焉を迎える」「サーバーやソフトは買うな」「ただサービスを使えばいい」。過激と思われるような発言のなかでベニオフ会長が例にあげたSAPのパッケージなども、手組みが浸透している日本にとって“新しい”と思われていたのはつい最近までの話だ。「1992－93年に、パッケージソフトを『ニューアプリケーション』だと言い始めて、まいた種が育つのに10年かかった」とJISAの幹部は振り返る。それは手組みとパッケージソフトのカスタマイズとの価格差があまりなかったことにある。中核のERP（統合基幹業務システム）パッケージを買って3億円。そこからカスタマイズすればパッケージ価格の3－5倍かかる。それならばカスタマイズなんてしないという状況があったからだ。

　そこからとうとうERPパッケージをカスタマイズせずに導入する会社も現れてきた。「手組みやカスタマイズに2－3年かけて、『最適なシステムができあがりました』ではもう遅い」（JISA幹部）のだ。

■SaaS？ 何だそれは

　JISAの幹部は、セールスフォースが提供するサービスについては「半分遊びだと思っていた」。証券会社のメリルリンチがセールスフォースのサービスを使っていることもさることながら、そのサービスが郵政公社約4200局に入る時代になった。しかも仲介がNTTデータであるという事実。「これはとんでもないことだと思っている」と幹部は驚きを隠さない。

　しかし、こうした状況にもかかわらず、「上場しているSIerの経営者に『SaaS』を聞いても半分くらいの人しか正しく理解できないんじゃないか」とその幹部は推測する。「SIerの多くは下請けの手配師の親分。SaaSなんていったって分からないだろう」という、時代の流れに反した現状がある。

　「生産性を高めて、価格を下げるのは産業の基本」。この10年、ほかの業界の人月単価が下がっているにもかかわらず、この業界にいたっては変わらない価格がまかり通り、また40年前の技術にもいまだに需要がある。ユーザーもその状況を甘んじて受け入れている。なおかつ「人手不足」により、むしろ人月単価は上昇傾向。本来は5－10年ごとにジャイアントステップを踏んでいかなければならないのに、何も変わらないと幹部は嘆く。

■“ゆでがえる”になるのか

　日本のIT産業の実情をいえば、一見すると、最先端で、ハイテクな業界が、国のインフラを担っている。にもかかわらず「利益率が3％から4％に増加するとアナリストがすばらしいと書く。最先端でハイテクで国のインフラを担っているのに利益率が3－4％でどうするんだ」とJISA幹部は憤る。利益率は30－40％あってしかるべき、なのだ。

　だが、最先端で、ハイテクだがよくみると、収益率が3－5％。「人手がたくさんかかる」ならば自動化を考えるべきであるにもかかわらず、誰も考えていない。1980年代後半のIPO（株式公開）ブームを振り返れば、使う予定がないキャッシュを集めて、研究開発しない、先行投資はしない、設備投資もしないのないないづくしだった。

　SaaSならば今まで手組みにかかっていた資金の10倍かけてオンデマンドのシステムを作ったとしても、それを通常の手組みでかかる資金の10分の1で売るとすればどれだけの利益につながるだろう。ユーザー側も多少合わない部分があったとしても、安価であることから「優れた経営者ならばSaaS／ASPを選択する」。そのうち、「1億円ほどですむシステムに、なぜ20億円もかけるのだ」という株主からの質問に答えなければならない日もくるだろう。

　IT業界はだんだん“ゆでがえる”になっていく、とJISAの幹部は予測する。ユーザーが甘やかしてくれる居心地のよさに、本当に“ゆでがえる”になってしまうのか。それとも、リスクをとりながらも研究開発のための先行投資をするのか。「40年間、業界を見ているが、変わるには今がラストチャンス」と、その幹部は警鐘を鳴らす。