プラットフォームに影響力強める

　SaaS大手のセールスフォース・ドットコムのアプリケーションプラットフォームが影響力を強めている。米国では今年に入ってから対応アプリケーションがうなぎ上りに増加し、あたかもSaaS界のOSのような役割を果たしつつあるのだ。国内でも対応アプリを開発する動きが活発化している。だが、セールスフォース自身は、あくまでも自社製主力アプリのCRM（顧客情報管理システム）がビジネスの中心と冷静に捉える。その意図するところは何か－－。（安藤章司●取材／文）

■新たな商流つくる

　インターネット上のサービスをユーザーの必要に応じて組み合わせ、複合的なサービスとして提供するのがSaaSの特徴である。パソコン用のアプリとは異なり、OSは“存在しない”はずだった。

　ところが、セールスフォースは自社製のSaaSプラットフォーム“Apex（エイペックス）”をサードパーティに広く公開。これにISVやSIerなどが相次いで対応を表明しているのだ。米国では今年に入って本格的に対応アプリの数が増え始めた。比較的小さなアプリまで含めると直近で約650種が対応、今年度（2008年1月期）末までには1000種類を超える勢いだという。

　国内でもApex対応を検討するISV、SIerが増加。今はまだ約80種類と少ないが、今年度末までに100種類規模に増え、「来年以降は急速に数が増す見通し」（榎隆司・執行役員）と手応えを感じている。

　なぜ対応アプリが増えるのか──。その理由はISVなどのビジネスメリットに合致している点にある。セールスフォースの自社製主力CRMの販売が好調であり、この商流に自らのアプリを乗せることでビジネス拡大を図りたいという思惑が、対応アプリの増加に拍車をかけているという状況なのだ。Apexに対応せずにセールスフォースのCRMと連携させるには、個別にシステム構築が必要になるのに対し、Apex対応ならばユーザーが自らサービスを選択して比較的容易に組み上げることができる。ユーザーから見て、どちらが手に入れやすいかといえばApex対応アプリであることは間違いない。

■SaaS界のマイクロソフト狙う？

　実はこの点がセールスフォースのいちばんの狙い目である。パソコン界に君臨するマイクロソフトが、依然として強大なパワーを保ち続けているのは表計算や文書作成などのOfficeソフトの人気の高さによるところが大きい。キラーアプリで不動の地位を築いたことが、Windowsがなかなか他のOSに置き換えられないという自社に有利な環境をつくり出した。

　同様にセールスフォースでも主力CRMの“キラー性”により磨きがかかれば、Apexのプラットフォームもさらに盤石になる。この商流に乗ろうとする有力ISV、SIerのApex対応が進み、ますます勢力が強まる好循環が生まれる。

　だが、マイクロソフトの成功例がそのままSaaSに適応できるかどうかは未知数。90年代のパソコン用アプリのように“Windowsへの対応がビジネス的にも技術的にも必須”という状態とは異なる。また、現状のApexはフロントエンド系のアプリに比較的適した構造で、バックエンドの基幹システムが動くのに適しているとはいえない。「周囲の期待の高まりが実態を上回っている」（榎執行役員）という印象もある。

　現にセールスフォースは他社製アプリとの連携が可能な接続口の仕様を公開しており、SaaS本来の“ネット上での組み合わせ”は、SOA（サービス指向アーキテクチャ）などのシステム構築技術によって実現できる。Apex対応が必ずしもSaaS参入の必須条件ではない。

　ただ一方で、CRMビジネスの拡大と歩調を合わせるかのように、Apexの機能拡張を積極的に行っているのは事実だ。ある大手SIer幹部は「バージョンが上がっても高い互換性を保つApexの技術はまさにSaaS界のOS的存在」と舌を巻くほどだ。SaaS界の“覇者”を目指すセールスフォースのしたたかな戦略が見え隠れする。