50万社にASP／SaaSで会計ソフト提供

課題を指摘する関係者の声も

　経済産業省と中小企業庁は中小企業の財務・会計業務の電子化で2008年度から新プロジェクトをスタートさせる。11月13日、「中小企業生産性向上プロジェクト」をまとめそのなかに、「財務会計ソフトを“インターネット経由”で提供し、約50万社の中小企業の経営力を向上させる」というプランを盛り込んだ。ASP／SaaSを意識した計画で、ITベンダーの協力を要請。財務会計システムのサービス提供による中小企業のIT化構想が始まる。ただ、一大プロジェクトを実現させるためには、解決しなければならない課題がありそうだ。（木村剛士●取材／文）

■ASP／SaaS化の共通基盤システムを整備

　「中小企業生産性向上プロジェクト」は、中小企業の成長支援を目的に、07年度から3か年計画で始める。骨子は4つで、（1）付加価値の創造（2）経営力の向上（3）事業環境の整備（4）サービス産業の生産性向上──。このなかで、ITが深く関わるのが「経営力の向上」だ。

　「経営力の向上」を説明した経済産業省と中小企業庁の共同資料には、「インターネットを通じた財務会計ソフトなどの提供（ASP／SaaS）により、財務状況の把握等や公的手続きのオンライン・サービスとの一体的利用を支援する」と明記されている。

　簡単にいえば、中央省庁が複数の財務会計ソフトをASP／SaaS形式で提供できるようにするための共通基盤システムを開発。会計ソフトベンダーに新システムの利用を呼びかける。この共通基盤を使って多種類の会計パッケージをASP／SaaS化し、サービスとしてユーザーに提供しようというのだ。それだけではない。新システムで集まったユーザー企業の財務・経営データを一元管理するシステム「小規模企業等経営支援情報システム」も政府が開発し、金融機関や国民生活金融公庫などに情報提供。融資案件などで有効活用できるようにする。また、国税電子申告・納税システム「e─Tax」とも連携させ、電子申告もこのシステム上で可能にしようとしているのだ。中小企業庁の福本拓也・経営支援部経営支援課課長補佐は、「電子化のターゲットを財務会計に定め、目標数値とスケジュールを可能な限り明確に定めた」と説明している。ASP／SaaSの理由としては、「他のシステムや複数の企業・機関がデータを共有するための最善策と判断したため」と説明する。

■普及促進に向けて商工会などと協力

　計画では、このシステムを使う中小企業の目標数を約2年間で50万社に定めた。達成のために経済産業省と中小企業庁は今、会計ソフトベンダーへの参加呼びかけと、新システムを開発するベンダーの選定、中小企業への普及・推進活動を行う団体への協力要請を並行して進めている最中だ。開発ベンダーは公募するが、「NTTデータが受注するのでは」との噂がすでに出始めている。普及・推進は、東京商工会や東京商工会議所、IT推進活動のNPO（特定非営利活動法人）などに協力を要請。全国を9ブロックに分け、各ブロックで普及・推進団体を20－40件選定し、選定団体が中小企業への利用を促す体制を築く。

　システムと一連のフローが確立すれば、ユーザー企業はシステムを持たずにブラウザで財務会計業務を電子化できる、一方、会計ソフトベンダーはこの枠組みを利用することで、中小企業にアプローチできることになる。金融機関などは電子化・統一化したデータを活用して融資などを迅速に検討できるわけだ。政府がベンダーと金融機関、地域団体と協力して動かす一大プロジェクトになる。

　08年度の予算要求額は、「小規模企業等経営支援情報システム」の開発が6億円で、普及・推進活動費用として50－60億円を計上。

　日本に中小企業は約430万社存在する。このうち、会計ソフト業界では販売対象は150万社、すでに使用している企業は50万社といわれている。そうすると、残りは100万社。目標数値の50万社がかなり強気の見通しであることが分かる。

■ベンダーの思惑と不一致？普及に懐疑的な意見も

　目標数値を議論する以前に、そもそもプロジェクトの成功自体に懐疑的な意見もある。ある会計ソフトベンダーは、「ASP／SaaSに対して否定的な意見を持つベンダーも少なくない。加えて、今回の新システムを利用するには政府から支援があるとはいえ、自社負担しなければならない開発コストがあるはず。歓迎ムード一色とはいかないだろう」と話している。また、「IT業界団体では、別のSaaSプラットフォーム開発の動きがあり、連携が取れていない。そこでも摩擦が起きるはず」と分析している。一方で、政府関係者からは、「普及促進団体がこの計画を理解し、ユーザーに分かりやすく提案できるかが不安」との声もある。

　永遠の課題ともいえる中小企業のIT化に向けて始動する一大プロジェクト。スケールは大きいが、実現するためには解決すべき問題も大きそうだ。