中国情報サービスの市場規模が日本を追い抜くことが確実となった。中国地場のSIerはめきめきと実力を伸ばす。激変する事業環境に翻弄されながらも、日系SIerは並み居るライバルと肩をぶつけ合い、ビジネス拡大を着々と推進する。
年率26%で急成長
ライバルの実態を探る 中国情報サービス業の2010年の売上高は1兆2000億元(約15兆6000億円)で、前年比約26%増に達する見通しだ。日本の情報サービス業の同業者間取引を相殺した真水の売上高が12兆円規模といわれていることから、GDPと同じく、今年中に中国が実質的に日本を追い抜くことが確実となっている。中国情報サービス業が今の成長率を保持し続ければ、向こう10年で100兆円規模に達するとの見方もある。急成長する中国情報サービス市場の実態はどうか。中国現地でキーパーソンに取材した。
米国スタイルの中国IT市場  |
JISA 浜口友一 会長 |
2010年(1~12月期)の中国情報サービス業の売上高は、前年比約26%増の1兆2000億元に達する見込みだ。昨09年も約25%の成長実績を示すなど、ここ数年は、20%台の高い成長率を持続している。日本の情報サービス業は、明るさはみえつつあるものの、依然として厳しい状態にある。一方、中国の金融機関や一般企業などのユーザーは、積極的なIT投資を行っている。
中国情報サービスの大きな特徴として、ユーザー企業が自らシステム構築やソフトウェア開発の開発人員を抱えているケースが多いことが挙げられる。金融機関や一般の大手企業は、自ら情報システム子会社をつくるなどして、自前での開発に積極的だ。この背景には、中国の雇用契約が、かつての日本の終身雇用のような制度ではないことが大きなポイントになっている。情報システムは設計→開発→運用の各フェーズのなかで、開発フェーズに最も多くの人員を投入しなければならない。日本では、この部分を大手SIerに外注し、その大手元請けが下請けのソフト会社に発注する多重構造によって人員を確保してきた。
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CSIA 陳冲 理事長 |
ところが、中国では日本ほど雇用が固定化されておらず、ユーザー自身が開発人員を保有しやすい。中国を代表する業界団体の中国ソフトウェア産業協会(CSIA)の陳冲理事長は、「5次、6次などの多重下請け構造は、中国ではまずみられない。外注するとしても、せいぜい1次、2次下請け程度」と実情を語る。中国の大手SIer幹部は、「中国の情報サービス産業は、米国スタイル。ユーザー主導でシステム開発が進む傾向が強く、日本のようにSIerに“丸投げ”といったスタイルとは異なる」と指摘する。
こうした影響もあって、中国ではNTTデータやアクセンチュアのような巨大システムを丸抱えできる有力なIT専業ベンダーが、産業規模大きさの割にはまだ少ない。
自治体が“株式会社”感覚  |
長城コンサルティング 張佶 社長 |
もう一つの特徴が、国や自治体による企業への強力なバックアップ体制だ。役所が資金や場所を提供して、産業育成に取り組むレベルは、日本の比ではない。ハイテクパークやソフトウェアパークが全国主要都市につくられ、産業集積が急ピッチで進む。成長著しい西部地区の成都と西安のソフトウェアパークの売り上げ規模は、前年比30%増を記録。全国平均を上回る。今年9月、西安で開催された第14回日中情報サービス産業懇談会に出席した情報サービス産業協会(JISA)の浜口友一会長(NTTデータ相談役)は、「まるで自治体が株式会社感覚の経営を行っている」と、思わず口にしたほどだ。
役所がこれだけ熱心なのは、中国の政治体制とも密接に関係する。CSIA東京事務所代表で、中国事情に詳しい張佶・長城コンサルティング社長は、「中国の政治家や役人が出世するには、経済や環境など、国の重点施策で手柄を立てなければならない」と指摘する。端的にいえば、例えば、地方政府を預かる政治家が、その地域の経済発展や環境保護で成果を挙げれば、省や国へ栄転できるという仕組みなのである。日本は選挙ですべてが決まるが、中国は実績主義というわけだ。
国や自治体の意向を重視 日本を追い越す規模に育ってきた中国情報サービス産業だが、その中身は日本とはずいぶん様相が異なる。日本のSIerが中国ビジネスを成功させるにはどうすべきなのか。
まず、ユーザーが主体となってソフト開発を進める米国型のSIスタイルに合わせること。次に、中国の大手企業は旧国営・旧公営企業が民営化したケースが少なくなく、また大学が母体となって成長した企業も多い。国や自治体、大学、企業が何をしたいのかを理解することが求められる。とりわけ中国では指導者であり、かつ出資者であることも少なくない国や自治体の意向には、日本以上に神経を使うべきだろう。
さらに重要なのが、いうまでもなくIT商材そのものの競争優位性だ。中国の情報サービス業の規模が大きく成長したといえ、その多くは国内需要に対応したものであり、CSIAの陳理事長は「世界的にみて独自性、先進性があるソリューションの開発はまだこれから」と厳しい評価を下す。この点、日本の情報サービス産業は、日系グローバル企業のITシステムを構築してきた実績があり、「ユーザー企業から得た知見は、中国におけるITビジネスに生かせる」(JISAの浜口会長)とみるのが妥当だろう。 次ページからは、日中SIerの今の姿をレポートする。
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