大手SIerが相次いでアジア成長市場の組織体制を強化している。野村総合研究所(NRI)は、ASEANやインドを中心とするアジア事業の中核拠点としてNRIアジアパシフィックを4月1日付で立ち上げた。業界の雄、NTTデータもアジア太平洋地域の統合や再編を推進し、アジア太平洋と日本、中国の“アジア3軸”体制を確立する構えだ。日系ユーザー企業がアジア成長市場への進出を加速し、地場の有力ユーザー企業のIT投資も拡大している。こうしたニーズを迅速に捉えるため、アジア地域への権限委譲も見据えた拠点体制の拡充を急ピッチで進めている。(安藤章司)
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東山茂樹 NRIアジアパシフィック 会長 |
NRIのアジア太平洋地区における新体制は、旧NRIシンガポールをNRIアジアパシフィックに社名変更するとともに、NRIアジアパシフィックの傘下にNRIインドとNRI香港を置く布陣だ。NRIアジアパシフィックの会長には、旧NRIシンガポールとNRI香港の会長であり、NRI上海の取締役を務めるNRI執行役員中国・アジアシステム事業本部長の東山茂樹氏が就いた。中国・香港とASEAN、インドをNRIアジアパシフィックを軸とする一つのグループとしてまとめ、上海などにある中国法人とも連携する。一方のNTTデータは、北京に中国総代表を置きながら、ASEANを中心とするアジア太平洋地域での統合再編を進めるなど、日本を含めたアジア3軸体制の構築を急ぐ。
日本のSIer大手2社が相次いでアジア3軸体制を進める狙いは、成長市場で迅速な経営や業務を遂行することにある。日系ユーザー企業が中国やASEAN、インドをはじめとする成長市場への進出度合いを深めているだけでなく、とりわけ中国とシンガポール、タイの地場有力ユーザー企業のIT投資が拡大している。NRIアジアパシフィックの東山会長は、「ASEAN域内の内需をみれば、VIPs(ベトナム、インドネシア、フィリピン)も有望市場になりつつある」と捉えて、成長著しい新興市場に迅速に対応していく構えだ。
JETROの集計によれば、ASEANの1人あたりの名目GDPは3107ドルで、中国の4382ドルと大きな差はなく、人口ベースでみても約6億人と日本の4.5倍余りも大きい(図参照)。シンガポール、タイ、VIPsに、マレーシアを加えた主要6か国のGDP成長率は5%前後と堅調に伸びている。また、中国とASEANを見渡したとき、製造業の生産拠点の集積が進んでいるのはほぼ共通するが、地場市場に向けた流通・サービス業の拡大で先行しているのは巨大消費市場の上海を抱える中国市場であり、逆に金融サービスの外資への開放度合いでみるとシンガポールを中心とするASEANが先行しているとNRIでは分析している。
NRIは、「アジア成長市場には、製造と流通・サービス、金融の三つの大きな流れがある」(NRIアジアパシフィックの東山会長)と位置づけており、例えば、製造業に特化したクラウド型ERP(基幹業務システム)「QAD」の導入支援や、中国での流通・サービス業向けシステム構築で培ったノウハウのASEANへの横展開、外資に開放されつつある金融領域でのビジネス拡大をもくろむ。「QAD」は組み立て加工型の製造業で実績がある。NRIはアジア全域でこれまで100サイト余りの納入実績をもっており、アジアトップクラスの販売実績を誇る。
流通・サービスでは中国へ積極進出するセブン&アイ・ホールディングスをはじめとする優良顧客を多数抱えており、ほかにも上海地区で急成長する消費財の小売業向けでシステム構築の案件が増えている。NRIは、ここで培ったノウハウをシンガポールやタイ、VIPsといったASEAN成長市場へも展開することで、より一層の拡大を目指す。金融分野では、銀行や生損保など非証券系の顧客が有望視され、日系の非証券系ではシンガポールに数千クライアント端末の大規模システムを展開するケースも出てきており、今後は地場の有力金融ユーザー向けのビジネス拡大も期待されている。

ASEAN10か国とアジア主要国の経済力比較(2010年)
表層深層
NRIやNTTデータが相次いでアジア地域の中核を担う現地法人を整備するのは、東京本社からのガバナンスではビジネスのスピードに追いつけないという実態があるからである。例えば、域内の総務的な業務や、ブランドづくりのための広報宣伝を東京から一律にコントロールするのは効率が悪い。また、新たにM&A(企業の合併と買収)を行った海外法人は、その地域の統括的な役割を担う法人の傘下に置いたほうが地域に根ざしたビジネスがよりスムーズに展開できる。
実際、NECもNECソフトやNECシステムテクノロジーが中国などに展開していた子会社を、地域を統括する現地法人の傘下へと組み替えている。NTTデータはビジネスパートナー5社を含むおよそ20社を、北京のNTTデータチャイナが総代表するかたちで集約化を進める。NTTデータは4月下旬、中国の有力顧客向けに大規模な自社イベントを北京と上海で開催する予定で、「地場市場に根ざしたブランドづくりを進める」(NTTデータチャイナの神田文男総裁)と、近年では実質初めての本格的な広報宣伝を現地法人主導で行う。
NRIは「アジアに第二のNRIをつくる」という目標を掲げ、長期経営プランでは年率7%の売上拡大を目指す。NTTデータも日本を除くアジア地域で1000億円規模のビジネスをイメージするなど、情報サービス業においても、アジア成長市場での成否が今後の業績を大きく左右する時代が目前に迫っている。