アジアの最大市場に成長した中国では、地場ビジネスパートナーとの協業がビジネス立ち上げの成否を決める情勢となっている。中国には日系ITベンダーや日系SIerとオフショアソフト開発で深いつながりをもつ有力地場SIerが多く存在しているので、まずはこうした既存パートナーとの関係強化を進めるのが近道だろう。既存パートナーは、日中双方の市場環境の大きな変化によって従来型のビジネスモデルがここ数年で通用しなくなるとの見方が強まっている。中国市場進出を加速したい日系ベンダーと、事業構造の転換を急ぐ地場パートナーとの新しい関係を築くための“5か条”を探った。(取材・文●安藤章司/ゼンフ ミシャ)
【パートナー施策“5か条”】
一、組むべき地場パートナーを選べ
二、パートナーの利益を十分確保せよ
三、販売、技術サポート体制の整備
四、技術を活用しやすい環境づくり
五、地場の政策やニーズを採り入れる
行き詰まる不安感は拭えず
日本と中国の情報サービス業を俯瞰してみると、この上半期(2012年1~6月期)、中国情報サービス業の売上高は前年同期比26.2%増の1兆988億元(約14兆2800億円)と大きく伸びた(中国政府機関の中国工業和信息化部の調べ)のに対して、日本の情報サービス業の売上高は約18兆8000億円を前後する成熟した状態にある(経済産業省調べ、情報サービス産業協会まとめ)。また、図の「オフショアソフトウェア開発金額の推移」で示した通り、日本から海外へ発注しているオフショア開発も伸び悩みの傾向が強くなっている。日本のオフショア開発のうち約8割は中国での開発が占めているとみられ、日本と中国の情報サービス業は、両国経済と同様、密接不可分の関係にある。
今、日中情報サービス業は大きな変化の局面にある。中国の目覚ましい経済発展によって、人件費が高騰。日中間のコスト差を前提とした従来型のオフショア開発は、近い将来、成り立たなくなる可能性がある。日本円での契約が一般的なオフショア開発は、円高傾向が続いているうちは為替差益による利益が期待できるものの、いったん円安に振れると「現状のビジネスモデルを継続することは極めて困難な状況に陥る可能性がある」と、情報サービス産業協会(JISA)では分析する。中国への発注単価を上げることは日本の経済状況を鑑みると厳しいものがあり、双方のオーバーヘッドロスやコストの削減努力にも自ずと限界がある。
では、どうすればいいのか──。IBMやアクセンチュアが実践している世界のその時々の最適な場所でソフト開発を行う「グローバル・デリバリーモデル型」へ移行するのか、今の日中間で実現している「域内ニアショア型」を発展させていく方向に向かうのかの選択を迫られている。国内情報サービス産業トップのNTTデータは、「グローバル・デリバリーモデル型」へと大きく舵を切り、シーエーシー(CAC)など一部の中堅SIerもこのモデルへと進んでいる。だが、全体の潮流をみれば、依然として中国でのオフショア開発を主軸とする現体制の発展型を模索するやり方が主流である。
理由は二つ。アジア最大、かつ拡大を続ける中国地場市場に向けた日系ITベンダー、SIerの進出意欲が極めて高いことと、長年、信頼関係を培ってきた中国地場ベンダーとの関係が他国に比べてひときわ濃厚であるからだ。
日中双方が現状に焦燥感
日立ソリューションズやNECグループ、NTTデータ、新日鉄ソリューションズなどからマイナー出資を受け入れ、対日オフショア開発の代表的成功例とされる大連華信計算機技術の王悦総裁は、「日本式システム開発の手法を熟知していることが大きなアドバンテージになる」という。同じく大連の有力SIerの1社で日欧米市場へのグローバル展開を進める海輝軟件の李勁松副総裁は「日系ユーザーのITシステムのオフショアソフト開発先として、今のところ中国に勝てる国はまだない」と自負している。
中国の経済発展に伴う人件費高騰の問題は深刻化しているものの、オフショアソフト開発を手がける中国SIerの多くは、ソフト開発拠点を北京や上海など大都市から地方都市へと移行。中国の国土は広大で人口も多いことから、こうした地場SIerの経営努力によって、ある程度はコストの増加を抑制できる可能性もある。しかし、対日オフショアの伸びが中国地場市場の伸びよりも大きく見劣りすることに中国側も焦りと危機感を抱いており、日系ベンダーにとっても中国地場市場に向けたビジネスの一段の拡大は焦眉の急の課題である。
対日オフショア開発で成長してきた中国ベンダーは、地場市場に通用する営業力が不足しているケースが多く、ユーザー企業が抱える課題を解決する力やマーケティング力も十分でないケースが散見される。とはいうものの、中国市場では地場パートナーを前面に立てなければ、ビジネスがうまく進まない。データセンター(DC)一つとっても、基本的に合弁方式でなければ許認可が下りず、中国ユーザー企業も外国の先進的なITサービスを取り入れることには積極的でも、保守サービスなどを考慮して地場ベンダーを立てて欲しいと強く要望している。こうした状況にあって、ある日系SIer幹部は、「オフショアパートナーでは、中国地場のユーザー企業から注文を取ってくるのは難しい」と嘆く。
そこで、日系ベンダーと中国地場ベンダーへの取材をもとに、中国地場市場への進出と、域内ニアショア型を発展させるためのポイントを“5か条”にまとめた(表参照)。一つ目の「組むべき地場パートナー」は、大きく分けて二つ。前出の大連華信や海輝軟件のように対日オフショア開発を通じて長年の信頼を培ってきたベンダーとの関係を、双方があるべき姿へと昇華させる選択。もう一つは、例えば、中国で大型DCを運営するITホールディングスのTISが今年3月、DCサービスを補完するパートナーとしてコンテンツデリバリーネットワーク(CDN)大手で北京に本社を置く藍汛網絡科技(チャイナ・キャッシュ)と業務提携したように、地場市場でブランド力と販売力をもつベンダーと組む方法だ。
DCとCDNは、サービスの特性上、相性がよく「今後、より一段と関係を発展させていきたい」(チャイナ・キャッシュの霍濤副総裁)と、先方から熱いラブコールを送られるほど。TISが日系SIerで最も早い段階で天津に大型DCを竣工した実績と、長年培ってきたDC運営技術を評価したもので、TIS側もチャイナ・キャッシュと組むことで、ネットサービス系のニーズの取り込みを狙う。お互いの利益の最大化に向けてギブ・アンド・テイクが成り立つという意味で、5か条の二つ目「パートナーの利益を確保」することにつなげられれば、霍副総裁が望むような理想の関係を築くことができる。
パートナーを前面に押し出す
5か条三つ目の「販売、技術サポート」は、いわゆる認定販売・技術パートナーの育成だ。日立製作所は、自社商材の統合システム運用管理ソフト「JP1」の認定資格技術者を中国で育成するなど、中国地場ベンダー向けの支援に力を入れている。直近では、大連華信のJP1認定資格技術者が100人余りに達するなど、成果が出はじめている。中国でクラスタやバックアップ系のサーバー用ソフトを販売するサイオステクノロジーも、今年7月には上海地区のパートナー、上海富麦信息科技に華東地区に技術サポートセンターを開設してもらった。サイオス中国法人の岩尾昌則董事長は「今後、中国主要地域に技術サポートセンターを開設し、ユーザー企業の満足度を高める」ことを通じて、自らの商材のより一段の拡販に意欲を示す。
情報サービス産業協会(JISA)の国際委員会日中部会がまとめた「海外ITアウトソーシングの進め方とポイント」は、日系ベンダーはノウハウや知的財産権が十分に守られない恐れがあるという理由で「(システムやソフトの)肝心なところを(中国に)持ち込もうとしない」と指摘している。5か条の四つ目の「技術を活用しやすい環境づくり」は、難しい問題ではあるものの、信頼のおけるパートナーを厳選し、重点的に技術の開示をしなければ、いつまでたっても日本の情報サービスが活用されず、結果として国内に死蔵されてしまう恐れがある。
中国は、業務提携や合弁事業を通じてでなければ地場市場でのビジネスがスムーズに展開しない傾向にある。改革開放で民営化が大幅に進んだとはいえ、地元政府や旧国有系企業が予算や実質的な最終決定権を握っていることが多い社会主義型の経済構造であることは事実だ。だからこそ「地場政府の政策やニーズを取り入れる」という5か条五つ目の観点からも、信頼できるパートナーに技術支援を行い、そのパートナーに前面に立ってもらう必要がある。次項からは、5か条の具体的な事例をレポートする。
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