日立グループの有力SIerである日立システムズは、多くのユーザー企業が集まる上海地区を中心に、中国ローカルのIT市場に入り込もうとしている。同社の中国事業推進本部第一部で主管技師を務める本澤浩之氏は、この1年間、月一回のペースで上海に足を運び、パートナー獲得に向けた商談に力を入れてきた。本澤主管技師は、「中国のITベンダーから『日立システムズと組みたい』というオファーはたくさんくるが、提携先の技術レベルや販売力を把握して、適切なパートナーを選ぶために、現地に行って直接話をすることは欠かせない」と、現場主義の重要性を語る。本澤主管技師の活動が効を奏して、このところ、日立システムズの中国でのパートナー網が充実してきている。(取材・文●ゼンフ ミシャ)
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上海万序計算機科技
董正剛総経理 日立システムズは、今年前半、医薬業界向けのソフトウェア開発やシステム構築を手がける上海万序計算機科技(上海万序)と提携し、ここ数か月をかけて、共同の商材開発に取り組んできた。両社が注目しているのは、著しい成長が見込まれている中国の介護IT市場だ。中国は日本と同じく高齢化が進んでおり、政府はこれを社会問題と捉えて、介護施設を増やすために、全国で介護施設用の建物を建設しているところだ。
上海万序の董正剛総経理は「施設のすべてに、介護管理ツールをはじめとするITインフラが必要となるので、介護IT市場には大きなポテンシャルがある」とみている。董総経理の見解を裏づけるように、日立システムズは、中国の介護IT市場は2020年までに5000億元(約6兆5000億円)に拡大すると予測している。
上海万序はいち早く市場を開拓すべく、今年10月をめどに、日立システムズの介護・福祉事業者向け業務管理システム「福祉の森」のシリーズ製品として、中国のニーズに最適化した施設介護サービス業向け業務パッケージ「GNEXT養老事業管理システム」を発売する。「福祉の森」シリーズの「施設介護記録システム」をベースにして、上海万序が開発した業務管理や人事管理、物品管理など、中国で需要が高い独自機能を付加したものだ。
政府を“有力販社”に
上海万序は今年6月、上海の大規模な福祉施設である「上海宝山区金色晩年敬老院」をモデルユーザーとして獲得し、今後、製品を介護関連の展示会で披露するなど、積極的に提案活動に取り組む。同社は、自社の営業リソースを活用することに加え、中国では最も強力なパートナーとも協業するかたちで、提案活動を推進していく。そのパートナーが、中国政府だ。董総経理は、「政府は、実は“有力な販社”でもある。『中華人民共和国民政部』(日本の厚生労働省に相当)と連携して、幅広い人脈網をもつ民政部に、当社の製品を介護施設に提案・推薦してもらうことに力を入れていく」と、中国現地のベンダーにしかできない販売戦略を語る。
「日立システムズの施設介護記録システムは、他ベンダーの製品よりも品質が高い。これが、市場開拓にあたっての有効な差異化ポイントとなる」と董総経理は自信を示す。上海万序は、日立システムズの技術力を活用して、製品に独自の付加価値をつけて中国の市場ニーズに最適なかたちで展開することによって、2015年までに上海市の介護IT市場でシェア50%を目指す。今後、パッケージ展開に加え、クラウド型での提供も検討しているという。
パートナーのDCを認定
日立システムズは上海万序と提携して介護IT市場を開拓するほか、中国企業向けクラウドサービスの提供を中国ビジネスの柱の一つにしていく。
中国で品質の高いクラウドサービスを展開するために欠かせないのは、設備やセキュリティなどに関して日本と同等の水準を満たすデータセンター(DC)を用意することである。中国でDCを運営するには、ISP(インターネットサービスプロバイダ)免許をはじめ、多くのライセンスが必要で、日本ITベンダーが単独でDCを運営するのは極めてハードルが高い。そんな状況にあって、日立システムズは、上海のDC事業者である上海有孚計算機網絡(上海有孚)と提携し、上海有孚のDCを利用して、クラウドサービスを提供するビジネスモデルを採用している。
中国は、ここ数年、全国各地でDCの数が急速に増えてきたが、高い品質基準を満たしているDCはごく一部しかないのが実際のところだ。日立システムズが組んでいる上海有孚は、(チャイナテレコムなど通信キャリアを除く)18社しか発行されていない全国ISP免許を取得しており、中国DC事業者のなかでセンター設備・運用の品質が最も高いプレーヤーの1社だ。
同社はもともと、キャリアが有するセンター内のスペースを借りて、中小企業向けのサービスをビジネスとしてきたが、3年ほど前に事業の舵を切り、長年に培ってきたDCの運用ノウハウを生かして、オフィスを構えるビル内に600ラック規模の自社DCを開設した。それを機に、中堅・大手企業向けのクラウドサービスの提供を開始し、売上高を2008年の約3000万元から、今年に1億元と、3倍以上に拡大することができた。
認定を提案活動に生かす

上海有孚計算機網絡
安柯首席執行官 上海有孚の安柯首席執行官は、これまでの成功を踏まえ、DC事業のさらなる拡大に乗り出している。そして、そのための有力なパートナーとしているのは日立システムズだ。
日立システムズは、中国ITベンダーとのパートナーシップづくりを促す施策として、中国ベンダーのDC設備を評価する認定制度を立ち上げた。そして、上海有孚を、日立システムズが認める設備・サービス品質標準を満たして日本品質でサービス提供ができる「認定DCパートナー」と定めた。安首席執行官は、「品質に厳しい日本ベンダーが当社DCが高品質だとを認めてくれたことは、信頼性を証明するマーケティングツールとして、DCサービスの提案活動に活用することができる」と、認定パートナーになったことによるメリットを語る。中国でDC事業者間の競争が激しさを増しているなか、認定されたことをテコに、他社との差異化を図る。
安首席執行官は、「日立システムズに評価されたことをきっかけとして、日立システムズの技術者にDC運用管理についてさまざまなアドバイスをもらい、サービスを改善することができた」という。上海有孚は、日立システムズとの提携を踏まえて新DCの建設計画を進めており、来年をめどに、上海で2~3か所の新しいDCを開設しようとしている。これらのDCも、日立システムズの認定を受けることを目指すとしている。
日立システムズは今後、パートナーのDCを認定する制度を他の中国ITベンダーにも拡大して、パートナー向けの技術支援に力を注ぐ。こうした取り組みによって、パートナーのDC設備の充実を図り、中国で品質の高いクラウドサービスが提供できる基盤を構築しようとしている。
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